Double_Face (ダブル・フェイス)

【1st Day】 (the Former part)


 きらと目を光らせて依頼を探る冴羽獠に、槇村香は動揺しつつも質問を返した。

「どうしてそんな事聞くの。依頼人は男性よ?」
「だからだよ。わざわざ『スタッフ』って言い直したって事は、登場人物が二人いるんだろ。どうなんだ?」
「……ホント細かいトコ気づくんだから。そうよ、一緒に女性のスタッフさんもいたの」
「だが、『スタッフ』じゃ話が見えんな。ポジションどこよ」
「聞いたけど覚えられなかったの。エスとかエムとか言ってたような」
「それを言うならSEか? ドコにMの要素があんだよ」
「あー、多分それ。パソコンでデータを作る人だって言ってたわ」
「って事はプログラマか? ……よぉし! ならば、いざ鎌倉、じゃない、Melty Masterの内部へGo!
お前だけじゃ状況判断できんからな。俺が直々に最終確認してやるよ」
「そりゃ確かにあたしじゃ全然、話わかんないけど……ううん、何かドコかが変なような」
「いいのいいの! せっかくのチャンスだもんね。
ふっふっふ、社内の壁にパスワード貼ってあったりしないかなー☆ わくわく」
「何だろう。あたし、凄くアブナイ奴を連れていくような気がしてきた……」


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 一抹の不安をおぼえつつも、身支度を終えた香はガレージで獠を待った。
彼にしては珍しく、時間がかかると断ってきたためだ。数分すると、後ろから声をかけられた。

「待たせたな」

 振り向いた香は、現れた姿に目をむいた。セルフレームの眼鏡にネクタイ姿。
一般的なビジネスマンにも見える。

「何なのソレ。めかしこんじゃって」
「変装だよ。ああいう所は監視カメラが鬼のようにあるからな」
「そっか……。なら、あたしも変装した方がいいかしら」
「お前ならスカート履いてれば充分だろ。女装が似合うんだから」
「………………」
「だからお前、無言で殴るのやめい。描写に困るんだよ」


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 彼らがミニクーパーで移動した時間は、意外に短かった。繁華街に紛れるように、
ゲーム『Melty Master』を運営する株式会社「S.S.T.」のビルは建っていた。
 受付を経て応接室へ通される。ちょうど時間の空いたタイミングだったらしく、先立って香と会話した
責任者の黒田浩三とは、さほど待たずに会う事が出来た。
 改めて自己紹介し合った後、用件を伝えると、黒田は目尻に皺を寄せた。

「それは良かった。では、引き受けていただけるんですね」
「はい。御社の作品には、僕もプレイヤーのSaber_Ryanとしてお世話になっておりますから。
是非とも貢献いたしたいと思いまして」

 立て板に水とはこの事。かつ完璧な営業スマイル。横に座る香は、顔が引きつらないよう辛抱するのに
苦労した。毎度の事だが、これほどの化けっぷりは、変装を通りこして変身である。
 対する黒田は、やや呆けてしまっていた顔を引きしめると、噛みしめるように言を継いだ。

「私としては、問題の人物について、まず身元を特定していただきたいんです。社長の方は賠償金だと
騒いでますが、あれほどのゲームプレイとハッキング能力が世に埋もれているのは社会の損失です」
「善処いたします。ところで前回のミーティングには、女性の方もいらっしゃったと伺いましたが、
その方ともお話は可能ですか?」
「ええ。いる事はいますが、話せるかどうかはちょっと」
「と、おっしゃいますと?」

 獠に問われた黒田は、ためらいがちにスマホを出した。

「まだ間に合うかな。……もしもし? 桜木さん。度々ですまないが、もう一度出てこられるかな。
うん。悪い」

 通話を切って数分すると、足音が聞こえてきた。髪を一つにまとめた、黒縁眼鏡の小柄な女性が
床を踏み鳴らしながら、勢いよくドアを開けて入ってきた。その目つきは誰にも、般若のそれを連想させた。
 彼女は獠の眼前に、人差し指をつきつけた。

「あなたを! 犯人……」
「はい?」
「……を、見つけられる人と信じて、いいんですね?」
「えーと、それはまだ何とも」
「見つけるか見つけないかって聞いてるんです。Mik_Rookを、あの詐欺師を! どうなんですっ!」
「は……はいはいはいはい! 見つけます、必ず見つけますとも!」
「ちょ、ちょっと獠、そんな適当な事言ったら」
「てきとーって何ですか!? 私は今この人と話してるんです!」
「は……はいはいはいはい! 分かってますです」 
「すみませんお二人とも! 桜木さん、やっぱり君もう寝てなさい」
「絶、対、見つけ、て…………くぅ」
「だからここで寝たら駄目だろ。仮眠室!」
「はひ……」

 寝ぼけている子供のような歩き方で、彼女は部屋を出て行った。
 半ば唖然となっている獠と香に、黒田は恐縮しきりに謝った。

「申し訳ありません。彼女、桜木晴美っていうんですが。もう何日も帰宅してなくて。
流石に体力の限界きてますねあれは」
「はあ」

 香は何とはなしに相槌を打ったが、頭の中は疑問符だらけだった。会社から帰ってないって何なの。
 すると、晴美と入れ違いになるように、別のスタッフ(としか香には分からない)が駆けこんできた。

「黒田さん!」
「静かに! お客様がいるんだぞ」
「でもやっぱりアレ駄目です。動きません。マジで納期キツイっスよ」
「何だって!? 参ったな。あの部分をいじっても直らなかったのか」
「ええ、今回は……」

 黒田自身、来客を忘れてしまった様子で、腕を組み考えこんでいる。
 そんな彼らの会話を遮る形で、獠が手を挙げて割りこんだ。

「あの。それだったら僕、分かるかもしんないですよ」
「何だと?」

 黒田は獠をにらみつけながらも、辛うじて笑顔を残した。

「いや、お気持ちはありがたいですが、ウチは今GLSLも使用しておりますから」
「でしょうね。あのクォリティなら使うでしょ普通」

 今度こそ、黒田から笑みが消えた。

「本当に、お分かりになるんですね?」
「見当は付きます。……あ、でも僕、部外者ですものね。データ見るわけにはいかないか」
「いいえ。そこまで言われるのなら、お手伝い願いましょう。許可なら私が出します」

 張りつめた雰囲気の中、完全に取り残された形の香は、黒田と話していたスタッフと目が合った。
二人は視線だけで会話していた。

(この人、そんなスゲーの?)
(あたしに聞かないで)


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 黒田は後を部下に任せると、獠を連れて階を移動し、セキュリティ関連の手続きを執行した。

「こちらが入室用のプレートです。くれぐれも身から離さないでください。
また、出入りする際、一切の物品の持ち出し・持ち込みは厳禁です」
「へいへい」

 獠のぼんやりした返事に、黒田は鼻を鳴らした。せいぜいお手並み拝見という面もちである。
 なお、香とは既に応接室で別れた。セキュリティの問題もあるが、彼女を電子機器に近づけるわけには
いかない。どんなマシンも、どういうわけか彼女が触ると盛大に故障するのだ。
ややもするとサーバをも爆発させかねない。
 彼らは技術者専用の部屋へ入り、獠は招かれた席に着いた。黒田は儀礼的に獠に伝えた。

「支障ない程度にクリアランスは解除済みです」

 獠は、両手指をPCのキーボードに乗せた。ピアノを弾くかのように繊細に。それは一瞬だけ。
 彼を後ろから眺めていた黒田は、思わず息を詰まらせた。
 自分の見ている光景を言語化できない。「速い」としか表現できない。キータッチも、文字の流れも、
画面の変化も。ことごとく的確に行われていく処理は、さながら正確無比の狙撃のようだ。
 いつもと違う様子に、他の作業マン達も、席を立って話し始めた。誰だよあの男。何者だ?
 黒田は上擦った声で獠に呼びかけた。

「君、こんな技を一体ドコで」
「黙れ。気が散る」
「!!」

 冷厳な物言いに、室内の全員が唾を飲んだ時、獠の指が止まった。

「ビンゴ。ココで連打してる。空白が入ってない。打鍵の弱い奴がやるとこうなるんだ」

 画面を指して解説してから、リズミカルに方向キーとspaceキーを叩いた。

「決定していいか?」
「え? あ、ああ。やってくれ」

 黒田の返答に、獠は首肯し、Enterキーを押した。
 すぐさま作業マンの一人が、自分の機体の前に駆けつけ、結果を読み上げた。

「……処理、完了しました。成功です」

 言った直後、部屋全体が歓声で満ちあふれた。

「うおおおおお! やった、やったぞ!」
「できた、全部できた! マスターアップ!完!了!」
「今日は帰宅だー!」

 やんややんやと浮かれる面々を背に、獠はうっそりと席を立った。

「終わったな。じゃ、俺はこれで」
「ああどうもありがとう、じゃない! 待ってくれ!」

 退室した獠を追って、黒田も部屋を飛び出した。


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 その頃、香は下の階の喫茶スペースで時間を潰していた。
 獠からは「何があろうと俺らのトコに来るなよ」と厳しく止められたため、する事が無い。
 「どうせすぐ終わるから」とも言われたせいで、外に出るわけにもいかない。
 人待ち顔で入口を見やりながらコーヒーを飲み終え、おかわりするかデザートにするか考えていると、
知った顔が目に留まった。

「晴美さん?」
「え?」

 呼ばれた晴美はきょろきょろと見回している。香は席から立ち、晴美を差し招いた。

「どう、一緒に座らない? 話し相手がいてくれたら助かるんだけど」
「は、はい。私なんかで良かったら」

 晴美はおずおずと腰を下ろし、ハーブティーを注文した。

「さっきは、すみませんでした」

 何度目か分からない自己紹介をお互いした後、晴美は消え入るような声で言って、香に深々と一礼した。

「私、いつも、寝入りばなを起こされると、ワケ分かんなくなっちゃうんです。
ひょっとして、失礼な事、言ってしまったんじゃないかな、って」
「うん、あるわよねそういう事って。そんなに気にしないで」

 ぽつぽつと話す晴美の態度は、なるほど先程とは全く違う。例えるなら、愛らしい小動物の印象だった。

「実は、カフェインも苦手なんです。でも、眠気覚ましに、コーヒー飲まないわけにもいかなくて。
そうすると逆に眠れなくて」
「そうなの。あ、確かキャッツアイにもあったと思うな。美味しいハーブティー」
「キャッツアイ?」

 香が説明を始める前に、ばたばたとした物音が近づいてきた。

「香ぃ! 帰るぞこんなトコ! もう二度と来るかってんだ」

 息も荒く走ってきた獠に、香は目を丸くした。

「どうしたのよ血相かえて。何があったの」
「畜生アイツら! 風呂とは言わん、シャワーを浴びろ! 汚れた体に香水まいても悪臭になるだけだって
誰か教えろ! こちとら、ずっと口呼吸で我慢してたが、もう限界だ!!」

 言われてみれば、そこはかとなく汗くさい臭いが漂ってきている。それで香も事情を悟った。
 知っている人は知っているが、獠は五感が尋常なく鋭い。嗅覚も例外でなく、場合によっては犬並みである。
 よっぽどヒドイ場所だったのね、と香が納得したところに、人の大波が押し寄せてきた。
最低10人はいる。うち2名は、獠の眼鏡とネクタイを握りしめている。
 先頭の黒田は獠を見つけると、むしゃぶりつくように懇願してきた。

「頼むよ君! あの速度でエラー修正できるなら、他の箇所も間に合うはずだ。
あそことあそこをもう一度チェック出来れば……!」
「だーかーら、俺は男の頼みは聞かねーつってんだろ!
どーしてもやってほしいなら、美女の1ダースくらい連れて来いっっ!!」
「あの!」

 獅子のような叫び声に、小鳥のような呼び声が重なった。

「あなた、先程の方ですよね。それとも、ご兄弟ですか?」
「はん?」

 怪訝な顔をする獠の隣で香は、はたと察した。今の獠は眼鏡もネクタイも外している。
それどころか、口調が別人レベルに違って(戻って)いる。香の目配せに、獠も我に返り、
ゴマカすように高く笑った。

「あーははは! 僕、機械触ると性格変わっちゃうんです。どうぞお構いなく」
「はあ」

 晴美は戸惑いを隠しきれなかったが、あきらめて話題を変えた。

「それより黒田さん、あのエラー修正できたって本当ですか。それなら私も現場に」
「駄目だ」

 ぴしゃりと一言。黒田は上司の顔で命じた。

「君の担当箇所は全部クリア出来てる。これ以上の荷物を背負うのは許可できない」
「そんな……!」
「帰宅して眠る事。それが今の君の仕事だ。いいね?」
「…………はい」

 気まずい沈黙の中、晴美の声がやけに響いたように、香には聞こえた。


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