【4th Day】 (Second part)


 日暮れた道を、赤い車が走って行く。迎え撃つべき相手は、黒田の名を使って、電話で社に呼び出した。
黒田本人は既に、冴子の元へ行ってもらっている。取り引きが成立すれば、黒田の経歴に傷の付く危険性は
低いという話に、晴美は胸を撫でおろしていた。
 打ち合わせを済ませ、静かになった車内で晴美は、ぽつりと言った。

「あの後、確かめました。ルークって、他の意味もあったんですね」

 獠は黙って答えない。

「ミヤマガラス。群を作る、カラスの種類の一つ」

 晴美は問わず語りに話し始めた。

「……ここからは想像ですけど、ミックはミカエル、戦える天使の略。つなげると、
天使の羽の『白いカラス』。『あり得ない物』という意味合いの慣用句になります。
それに気づいた時に私、何て寂しい名前だろうって、思いました。だって、ルークさんて、
本当に強いんですよ。誰も勝てないと思ってた迷宮の主に、たった一人で、
たった一つの銃で勝ち抜いて。それに」

 晴美は唇を湿した。

「あの人の残ってた体力、最低値でした。それだけじゃない、回復自体を一度もしてなかったんです。
 けど、だからって、それを『あり得ない』なんて」
「現実には薬草も回復魔法もないから。好きじゃないんだ、そういうの」
「え?」
「って、そいつなら言うと思う」

 獠は前を向いたまま、平板な声で言う。

「俺はそいつじゃないから勝手に考えるが。それ、別に寂しい名前じゃないんだ。そのままの意味」

 存在しない物。それは紛れもない事実。

「そいつは、世界中のどこにも居ない。生きてると証明する書類もない。言わば架空の存在だ。
だが、ネットワークの中なら記録を残せる。俺はここにいるって叫べる。そんな事を誇りに思えたような
ガキなんだよ。そいつは」

 車のスピードが、少し増した。

「そんな世界を君が、君たちが創ってくれた。俺には出来ない事をしてくれた。だからその世界を
穢(けが)すような奴らを、どうしても許せなかった。だから何もかもバラしてやった。
もし、冴子に頼まれなかったとしても、俺は一人で全部やってたろうな。我ながらどうかしてるぜ」
「……?」

 何かがおかしい。運転席の人は誰の事を話しているのか。意味が分からないが、聞き逃してはならない。
 答えが出そうになる前に、体が前に傾く感覚。車を停めた獠は、不敵な笑みと共に、助手席に声をかけた。

「じゃ、行こうか。いよいよ、パーティの時間だ」


* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *


 人払いのなされている最上階で、晴美はドアをノックしてから入室した。

「失礼します」
「遅いぞ黒田! 貴様は……」

 席から立った「S.S.T.」社長こと安岐充は、台詞を急いで飲みこんだ。

「君は確か、桜木くんだったか。何の用だね」
「用があるのは社長の方じゃないですか?」

 晴美は一息に言葉を吐き出し、ハンドバッグからディスクを出した。

「それは……!」
「それは、何です? 社長が探してる『鍵』の事ですか」

 混乱しきりの相手に、晴美はシナリオに沿ってしゃべり続けた。

「観念してください。この通り証拠も出ました。黒田さんも警察に出頭しました。もう逃げ場はないんです」
「……バカめ」

 低い声でそう言われるのを、確かに晴美は聞いた。

「探偵気取りか、女一人でのこのこと来るとは。無防備にも程がある」
「そうだな。あんたこそ、一人で来るとは正直者だよ」

 場違いな声と口調に、安岐はまたも取り乱した。晴美の陰からすらりと立ち上がるもう一人。
即ち獠はにこやかに手を挙げて見せた。

「どーも。こっちは一人じゃなくて二人だよっと」
「何だ貴様! 部外者は立ち入り禁止だぞ」
「いやいや、俺も一応ここの社員なんで。バイトだけど。少なくとも部外者じゃない」

 ホレこの通り、と技術者用のプレートを示した。

「さ、正義の味方の晴美ちゃんが言うように、年貢の納め時だぜ。ごめんなさいって言えば、
悪いようにはしない」
「黙れ余所者め! 桜木、貴様も、私の社に楯突けば、ただでは済まんぞ!」
「社長……!」
「言ったな。まぁ、言うよな普通。犯人が謝って終わるエピソードなんてあるワケない。そんな幕切れしたら、
画面の向こうのお客さん達に怒られちまう」

 獠は肩をそびやかすと、おもむろにスマホを取り出した。

「香? 応答せよ応答せよ、こちら冴羽獠。どうぞ?」
『何時代の言い方よそれ』

 呆れかえったような声が、スピーカー状態で部屋に流れた。

「もう着いてるな?」
『うん。とっくに。上着もう一枚欲しかったわ。冷えてきた』
「サーバルームは寒いほどいいんだよ。人間は我慢しろ」

 獠の言葉に、他2名が仰天した。

「サーバって、このビルのですか!? 鍵は!? 警備員は!?」
「そういうのを何とかすんのが俺たちなんだよ」

 香だってそれくらい出来る、と獠はつぶやくように言った。

『それで獠、電話が来たって事は』
「ああ、オペレーション開始だ。今後スマホは左手だけで使え。そして【右の手袋を外せ】
『了解』

 向こうの状況は、獠も掌握している。ビルの地下。薄暗い部屋。手袋を外した香は部屋の隅から、
一番端にそびえ立つ金属の箱に、右手の指先を押し当てる。
 香が応答した数秒後――――爆音が轟いた。そうとしか晴美には聞こえなかった。

『わ。凄い。本当にコレ、あたしがやったの?』
「そうとも。それがお前の魔術だ。さあ、この先の出番はキミに決めた! 行け、超伝導カミナリ女!」
『何かほめられてる気がしないけど……行くわよ!』



 
ぼうん! ばふっ! どごん! 



 擬音語で書くならそんな文字になりそうな轟音が鳴り続けている。
 いったい何が起こっているのか。特大の花火か、あるいは。

「まさか爆弾!?」

 おののく安岐に、獠はチェシャ猫の笑いで応じる。

「くくく、馬鹿だね、そんな証拠残すわけないでしょーが。こいつはある意味、究極の完全犯罪ってやつさ」
「完全、犯罪?」

 物騒な語に、今度は晴美が驚く番だった。

「晴美ちゃんなら分かるよな? 世の中には電気と相性悪すぎる奴がいるって話。いや、逆に『良すぎる』って
言うべきかな」

 なぞなぞを出す子供のような言い方で、獠は晴美に問いかける。晴美の頭に、今朝のやり取りが
浮かんできた。


『着替えたらその後のお前は、家事禁止、着替禁止、運転禁止』
『フォークまでこんなプラスチックに変えるのはやり過ぎじゃない?』
『その手袋を一度はめたら、俺が指示を出すまで絶対に外すな』



「静電気!」
「そそ。俺の相棒は、筋金入りの帯電体質でね。日頃は問題ないよう誘導してやってるが、今日は別だ。
これでもかってほどに電気を溜めさせた。はじめて見た時はビビったぜ。俺のハードを次々に、
文字どおり木っ端みじんにしてくれたよ」
「こっぱ……」
「実は前から試してみたかったんだ。アイツの最大出力。きっと今ならペンタゴンだって粉砕できる」

 ニタリと晴美に笑ってみせた時、香ののんきな声が間に入った。

『ねえ獠、あたしまだやってもいいの? 冴子さんは程々にって言ってたけど』
「気にすんな。バックアップってのがあるから。全部ぶっ壊してもどうにかなる」

 やめて冴羽さん、香さんそれ信じちゃいます!
 晴美はそう言おうかと一瞬考えたが、耳をすませば爆発音はもう止まっている。つまり、今のやり取りは
ブラフだ。だが安岐は、その思惑に気づけていない。

「やっ、やめろ、金ならいくらでも出す!」
「あーあー聞こえないなー。香っ、ぼちぼち本丸行こうか」
『本丸って、コレよね。確かに一番目立ってるわ』
「それが全体を仕切ってる肝心要の機械なのさ。今まで壊したのがドラゴンの手足なら、さしずめそいつが
首根っこってところだな」
「あああああ! それだけは止めろ、それを壊されたら本当に全業務が即座に停止する!!」
「顔つきが変わったな。……香、ストップ。【手袋をはめろ】
『了解。はめたわよ。また何かあったら呼んでね』
「おう。サンキュ」

 獠は通話を切ると、スマホを右手に持ったまま安岐へ歩み寄った。安岐は目を血走らせ、息も弾ませている。
 少々追いつめすぎたかと危惧した時、安岐の懐から拳銃が抜き出された。

「来るな! 来たらどうなるか分かってるだろうな!」
「よせ。それを撃ったら、俺もあんたを撃たなきゃならない」
「黙れ、黙れ黙れ黙れ! 黙れッッッ!!」
「最終警告だ。撃ちたいなら勝手に撃て。簡単な話だ」
「あああぁぁぁっっっ!」

 乾いた音が一つした。安岐は慄然とひざまずき、痺れた右手を左手で握りしめていた。

「な。簡単だろ?」

 獠は至極当然という顔で、自らの銃を構えている。器用な事に、スマホは同じ手の薬指と小指の間に
挟まれている。

「さて。警告はしたぜ」

 獠は銃を構え直すと、つかつかと安岐の目前に詰め寄った。その額に銃口を押し当てた時。

「やめてッ!」
「晴美ちゃん?」

 晴美は声を振りしぼり、獠の身にすがりついた。

「やめて、下さい! そこまでしないで! そんな、酷い……!」
「……」

 獠は小さく舌打ちすると、銃を下ろした。

「命拾いしたな、彼女のおかげで」

 ゆったりと銃を仕舞うと、空になった右手で、安岐の胸ぐらを自分の目線まで一気に引きずりあげた。

「いいか。桜木晴美が無事でいる限りは、貴様の命を保証してやる。だが、その約束を違えた場合、
どうなるか分かっているな」
「っは……」
「返事は」
「は、はいいいいぃぃぃぃ!!!!」

 言ったと同時に、安岐は意識を失ったらしく、体重が獠の手に掛かってきた。

「臭ぇな。漏らしやがった」

 獠は乱雑に安岐を放り捨てると、背を向けて大股で歩き出した。

「もうココに用はない。行くぜ」
「は……はい」

 晴美は後ろ髪を引かれながらも、言われたとおりに後に付いた。その顔には深い憂いが刻まれていた。


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