【4th Day】 (Last part)


 二人で、停めてある車の元へ戻った。獠は香に連絡を取るべく服を探った。そこに晴美が問いかけてきた。

「なぜ、あんな事を?」
「んー?」

 獠は首を傾けて、笑いながら答えた。

「元々、俺ってこういう男よ? 気に入らない相手は潰すだけさ。幻滅した?」
「違います。どうして、あんな悪者みたいな演技をしたのかって、聞いてるんです」
「何だって?」
「ゴマカさないで!」

 腹に力を入れて晴美は叫んだ。

「銃マニアを舐めないでください。あの時の冴羽さん、トリガーに指を掛けてなかった。社長を撃つ
つもりなんて無かった。脅かしただけ。でも、ああしなかったら、社長がまた私を狙うかもしれないから。
だから冴羽さんは、あんな、何て、何て……」

 その先は、言葉に出来ない。何を言っても陳腐になる。気づけば晴美は、獠にしがみついて
泣きじゃくっていた。獠は晴美の髪に手を差し入れ、かき抱いた。

「泣くなって言っても無駄だよな。けどいいんだよ、これで。俺はずっと、こうやって生きてきた。
この街には、俺のような男が必要なのさ」

 言われた言葉が耳朶を打った時、晴美は茫然と顔を上げた。

「それ……私が、昔、聞いた……」

 幼い頃に聞いた噂話。この街には、正義の味方が住んでいる。秘密の暗号を送れば助けてくれる。
愛銃を手にして。
 それを知った晴美は強く憧れた。そんな人になりたいと夢に見た。そのまま叶えるのは無理だったけれど、
彼をモチーフにした物語を創ろうと誓い、今の社で開発にも励んだのだ。
 その人が今ここにいるのか。分からない。何かが間違っている気がする。でも、そんな事どうでもいい。
やっと会えた。焦がれていた彼に。涙を止められない。さっきまでの悲しい涙でない、嬉し泣きの涙。
 獠はもう一度、晴美の頭を撫でた後、さてこの後どうしたものかと考えあぐねた。
普段ならこれでラブシーンに入るか、それとも。

「なあ晴美ちゃん、そろそろ泣きやんでくれないかな? こっちにも色々と都合が」
「……何の都合?」

 晴美でない声が、背後からかけられる。獠はぎこちなく振り返った。

「か……香ちゃん、お早いお着きで」
「おかげ様で風邪ひきそうよ。そっちは随分お楽しみのようじゃない?」

 香は顔に笑みを張りつかせ、両腕を獠の方へ差し向けてきた。うごめかせる両手、その十指にも、
手袋は見当たらない。

「ちょっと待て! 俺が指示するまで外すなとあれほど」
「もう仕事は終わったでしょ? これから先は、お仕置きの時間!」

 言ったが早いか香は、獠の前腕、素肌の部分に手指をかけた。

「ぎぎぎぎぎ……っ!?」

 何度も放出したはずの帯電は、しかしまだまだ蓄積している。おののいた顔で獠は晴美から体をはがし、
脱兎のごとく駆けだした。

「来るな来るな来るな! 今のお前は電気ウナギと変わらん!」
「冴子さんから聞いてるのよ、この電気を全部出さなきゃ家にも帰れないって! 責任取りなさーい!」
「だからって俺を放出先にするなっ! マジでビリビリ来たぞソレ!」
「あたしだって痛いのよ、何とかしてってばー!」

 どたばたどたばた。ほこりを立てて二人は走る。それはまるで2羽の蝶が飛び回るように、晴美には見えた。
綺麗だった。晴美がくすくすと笑い出すのを見て、獠と香は動きを止めた。

「あ、あれ……?」
「晴美さん? どうしたの?」
「……まったく。ホントに、もう」

 最高の人たちね。晴美は心の中でそう言い添えた。


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【Case Closed】


 それからの数日間、世のニュース番組やワイドショーでは話題に事欠かなかった。数々のスキャンダルの
中に、大手ゲーム会社の不正事件も含まれていた。人々はそれらに同等に関心を払い、そして忘れていった。


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 更に日の経った午後、獠と香は、晴美と空港で語らっていた。ゲーム『Melty Master』の利権は
紆余曲折の後、外資に移っていた。その一環で晴美は、海外のチームから召集を受けたのだ。
手続きの時刻を前に、晴美はぺこりと頭を下げた。

「本当に色々とすみ、じゃないですね。ありがとうございました」
「気をつけてね」
「楽しみに待ってるぜ、君のゲーム。すぐに攻略してやるからな」
「ふふ、そう簡単にはクリアさせませんよ。だって、私ひとりで全部作るワケじゃないですから。
 皆で力を合わせて、苦手を補って、傑作を生み出します。必ず」

 そう答えて立つ晴美は、背筋を伸ばして微笑んでみせる。最初に会った時とは瞳の輝きが
少し変わったように、香には見えた。

「じゃ、行ってきます」
「ああ」
「行ってらっしゃい」
「ハイ!」

 晴美は軽やかにターンして、通路の奥へ歩き去って行く。その途中で立ち止まり、振り仰いで声を上げた。

「またゲームで会いましょうね。『白いカラス』さん!」

 晴美が見えなくなってから、香は獠に尋ねた。

「何? 白いカラスって」
「俺の裏アカウントの意味だよ。気づいたんだな、彼女も」
「あのミックルークってやつ? でもそれなら普通、『ホワイトクロウ』とかになるんじゃないの?
 何でそんな凝った名前に」
「いや、それはだな」

 獠はそこで、急に言いよどんだ。

「本当の意味は別にあるんだよ。アナグラム」
「あなぐらむ?」
「文字を並べ替える遊びだよ。『とけい』を『けいと』にするとかさ」
「ふぅん。じゃ『みっくるーく』だから」
「違う違う、アルファベットで素直にやるの」
「『M・I・K・R・O・O・K』でしょ? えと、そうすると……んん? ま・さ・か?」
「………………もっこり( mokkori )のアナグラムですが、何か?」

 獠の視界に無数の星が乱れ飛んだ。

「あんたって人はー!! 謝れ、晴美さんとか黒田さんとか安岐さんとか全員に謝れ! 皆して大真面目に
何て事言わせてんのよっ!」
「いやー、誰が最初にツッコミ入れるかなって思ってたら、まさかの全員スルーでな。伏線回収できなくて
困ってたんだよね。あ、読者さんの1名はこのネタ気づいてくれたよ。読んで5秒で」
「じゃかましい!!」

 最後まで意味不明な事言うんじゃない!




【エピローグ】


 日常と事件とを繰り返して、時は流れていく。ある朝、香が居間に出ると、先に起きたらしい
獠がモニタを前に浮き足立っていた。

「どうしたの? あんたが早起きなんて珍しいわね」
「これが起きずにいられるかよ。『Melty Master 2nd』の解禁日に!」
「メルティ……って、晴美さんのゲーム?」
「おうとも、海外基点でついに再開さ。よしよし、データ引き継ぎは問題なしと。それから……何だってー!?」
「だからどうしたの、大声出して」
「設定が増えてるんだよ。女性アバターの新必殺魔術、ギガントハンマー。雷神の力を借り、
あらゆる武器攻撃を無効化する……って反則だろソレ。頭痛いな、根本から対策立てないと」
「って困ってるわりには楽しそうね。あたしも少しやってみたいかな。いい機会だし」
「ああ、そりゃ別に構わんが」

 何となく誘いをかけてから思い出した。
 確か、コイツ今起きたばっかだよな。まだあんまり物に触ってない……。

「待った! 香お前は」
「へ?」

 あわれ間に合わず。香がゲームハードに触れた瞬間、火花と煙が周りに散った。

「あ。ごめん。またやっちゃった」
「やっぱお前、マシン触るの禁止! やれやれ……」




Double_Face   fin




















-- Always, he is nowhere. --
-- But if you want, he will …. --





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