ゲーム盤の上で

 その部屋には、二人の男が座している。
 一人は黒髪、服は青地に緋色のあしらい。
 いま一人は銀髪、服は同じく艶を消した白銀。
 相対する彼らの間には、古い拵えの盤面一つ。


 何もかも壊すため、彼は故郷に帰ってきた。
 家族を奪った、こんな街など価値はない。
 焼きつくして灰にしてしまうのが丁度いい。
 彼の願いは、もうすぐ叶う。


 最初は些細な違和感だった。
 再会できた想い人、その隣に立っていた男を見た時。
 初対面の赤の他人のはずなのに、なぜか感じた。
 毛虫が体を這っていると気づいたような嫌悪感を。


「明日は晴れる」
 彼に道を示した救い手は、杯を手に彼に告げた。
 彼は頷き、明日の余興を披露した。
 想い人を惑わす愚か者を、彼が自ら葬ると。


 その夜に夢を見た彼は、ああこれは夢だと分かった。
 夢でなければ、この激痛に耐えられるはずがない。
 肩は砕け、腹は軋み、足は動かない。
 掲げた右手は朱に染まり、人差し指が欠けていた。


 うらみをはらせ。
 私の、俺の、我らのうらみを今はらせ。
 あの男に、路傍の石のごとく扱われたうらみをはらせ。
 耳を塞いでも聞こえる声に、彼はついに絶叫した。


 悪夢から覚めた彼は、声高く笑いだした。
 彼は「思い出して」しまった。
 今とは異なる人生で、何度も何度も倒されてきた事を。
 自分が今日消してみせるあの男に。


 笑い続ける彼を、見下ろす者たちがいる。
 相対して座し、盤面を眺める二人の男。
 彼らに名はなく、ただ立場だけがある。
 そこは、人には至れぬ遠き場所。


「俺はゲーム盤の形を変えていいとは言った。
 しかし、駒をこうやって壊すのは感心しないな」
「なら、それも開始前に宣誓すれば良かったんだ。
 私は違反していない」


「それにしても、よくこんな古いゲーム盤を見つけてきたもんだ。
 人の世で20年だぞ」
「たった20年だ。私はこのゲームが好きなんだよ。
 貴様と一番楽しめる」


「やれやれ。お前の趣味に付きあうのも苦労するぜ。
 まあいい、次の局でケリをつける」
「そういえば、今回のゲームの名をまだ聞いてなかったな。
 このゲーム盤に相応しい、気取った名前をつけてるんだろ?」


「そうでもないさ。シンプルだよ。
 『新宿プライベート・アイズ』っていうんだ」




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