≪SCENE 4≫


もしや一睡も出来ないんじゃないかと心配したが、それでも一応眠れたらしい。
目をこする。眼鏡をかけてない事で、改めて自分の状況を思い出した。
取りあえず着替える。服部が泊まる荷物を持って来てくれてたのは助かった。

──服部!?

オレは隣の布団を振り仰いだ。畳まれた布団の上に、パジャマの上下が置かれている。

「蘭ねえちゃん!」

「あ、おはよう、服部くん」

事務所に駆けこむと、蘭は部屋の掃除を一通り終えたところだった。
実際、時計は10時を回っている。おっちゃんは……どうせまだ寝てるんだろう。

「あの、はっと──じゃなくて、ポウズの奴はドコに」

「ポクならココにおるけど?」

オレは目線を下げた。「オレ」の方も着替えている。しかし。

「オイ何だよ、このシャツの着崩し方は。ネクタイもキチッと締めろって」

「何言うとる。そっちこそ、上着のチャックなんぞ上げるな。恥ずい奴っちゃな」

「何コソコソ話してるの?」

「! イヤ、別に。ポウズの服直してやってただけや。──な?」

「せや──、イヤ、うん」

「ああ、そうなの。ありがと」

と、蘭は素直に微笑んで、

「ホント助かるわ。コナンくん、すっかり服部くんに懐いてるから。
何か話し方まで真似しちゃってるみたいだし」

「はぁ」

電話のベルが鳴ったのは、その時だった。蘭が受話器を取った。

「ハイ。こちら毛利探偵事務所です。──うん、居るよ。──分かった。代わるね」

と、蘭は受話器を手で押さえて、

「電話だよ、服部くん。和葉ちゃんから」

「電話?」

と身を乗り出す服部を、オレは手で制した。服部は不承不承引き下がった。

オレは蘭から受話器を受け取った。咳払いしてから、アクセントに注意して、

「もしもし?」

『平次か? やっぱりソコおったんやな。あー、つかまって良かったわ』

「あの、それで何の用?」

『そうそう。あんな、大変なんよ。今朝あんたんトコのオバチャン、階段から落ちよってな。
足のほう傷めたらしいで』

「って、また階段かよ。ったく、どいつもこいつも」

『は?』

「あ、イヤ、何でもない。つまり、オレの母さんが階段から落ちたって言うんやな」

服部に聞かせるため、オレは内容を復唱した。しかし和葉さんは戸惑ったように、

『母さん、やて? 気取った言い方するんやないよ。気色悪ぅ』

……イヤ、そんな事言われても困るんですけど……。

『とにかく早よ帰ってき。皆待っとるから』

「早く帰れ? そんな、急に言われても」

『あんたならそう言う思たわ。なぁ平次、あんたアタシが今ドコ居てるか分かるか?』

「ドコって……」

と困りつつも、オレは無意識のうちに耳をそばだてていた。

受話器からは、音楽が聞こえる。聞き覚えのあるメロディライン。

「な──! まさか君、もう米花駅まで来てるのか?」

間違いない。この音、環状線の発車合図の曲じゃないか。

だがそんなオレの言葉に、和葉さんはますます声を尖らせて、

『何や平次。あんたいつから、そない余所余所しい口きくようになったんや?』

「あ、違う! 今のは、その」

『あんたの予想適り、今アタシは駅の4番線ホームにおりますさかい、
早う迎えに来て下さい。ほな、あんじょうよろしゅう!』

向こうの受話器は、派手な昔と共にフックに叩きつけられた。

蘭は心配そうな顔で、

「大丈夫? 早く行ってあげた方がいいよ」

「そう」

と、服部はオレを軽く睨んで、

「ポクも駅行った方がええと思うよ、平次にーちゃん?」

「分かったよ。行けば……いいんやろ。行けば」

と、オレは止むなくきびすを返した。

服部は蘭のスカートの裾を引いて、

「蘭ねーちゃん、ポクらも行こ。和葉──ねーちゃんの顔見たいよ」

「うん、そうね。──それじゃ行きましょ、服部くん」





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