≪SCENE 6≫
元いた場所には、服部だけが立っていた。
「オイ、今ココにいるの、お前だけか?」
「イヤ、ねーちゃんは飲み物買いに向こう行った。オレが喉渇いとんちゃうかて」
「あ、そう」
と、オレは息をついてから、事情を手短に伝えて、
「だから頼む、服部。和葉さんに正直に話してくれ。オレじゃ彼女の相手は無理だ」
「オイオイ、今更そない泣き言いうなや。あの様子なら和葉は問題あらへんよ」
と、服部は手をヒラヒラさせて、
「とにかく、お前は大阪行けや。こっちはオレが自分で何とかするさかい」
「何とか、だって?」
ソレが信用できるなら苦労しねーよ。
「あのな、今のうちに言っとく。お前に子供のふりなんか100パーセント不可能だ。
オレが監視してなきゃ、何しでかすか」
「何言うてんねん、オレは大丈夫や。一人でもやってけるわい」
「何だと!? いつもひとの秘密をバラしそうになるのは、ドコの誰だよ」
もう言葉遣いだの気にするどころじゃなかった。オレ達は周りの人々など目もくれず、
口喧嘩をし続けた。
そこに、和葉さんと蘭がそれぞれ上まで駆けのぼって来た。
「何やの、平次。いきなり走りだしよって。少しはひとの事考えて──」
「お待たせ、コナンくん。ゴメンね、意外とココから自販機遠くて──」
そこまで言って、二人は途中で言葉を失った。
「あんな、ソレかてそもそも、お前が中途半端な事しとるんが悪いんやんか!
さっさとねーちゃんに、ホンマのこと話したらんかい!」
「黙れ! そんな事できるわけねーだろ。お前こそフラフラフラフラ飛び歩いて、
周りに迷惑かけてんじゃねーっての!」
オレ達の口論は、加速度的に激しくなっていく。
蘭と和葉さんは呆気に取られたようにオレ達を見ている。
でも、こっちはそんな事を気にする余裕はなかった。
互いに文句を言い合いながら、少なくともオレは妙な感覚をおぼえていた。
前にも同じ事があったような記憶。いわゆる既視感(デジャヴ)だ。
そのじつこの光景は、まさに昨日の再現だった。
最後に、同時に取っ組み合ったオレ達は、やはり同時にこう言った。
『だったらお前、オレの立場になってみろ!!』
そして、階段を転げ落ちた。──昨日と全く同じように。
「!!」
全て思い出した瞬間、オレ達は凄まじい音と共に床へ倒れた。
じん、と体が痺れる。
そうだ。それで一瞬、意識が遠くなったんだ。それで全部忘れちまってたんだ。
と、いう事は……ならば。
「オイ。オイ工藤、見てみぃや」
服部に促されて瞼を上げたオレは、息を飲んだ。オレの前に、「服部」がいた。
オレは自分を見た。小さな手。細い腕、足。華奢な体。怪我はしてない。
「戻っ……てる?」
「ああ、戻っとる」
と、服部は苦笑して、
「スマンかったな、昨日。オレもどうかしとったわ」
「そっか。思い出したんだな、お前も」
だから戻れたんだ。昨日みたいに、再び同じ事を思ったから。
夜からずっと度忘れしてた台詞を、オレ達は口にした。
「やっと、オレの苦労が分かったか?」
「コナンくん!」
「平次!」
と、蘭と和葉さんが真ん中の踊り場まで下りて来た。
「何やってるの、二人とも?」
「せやよ。あんたまで怪我してどないするんや?」
「平気だよ、蘭ねえちゃん。転んだだけだから。──ね?」
「ああ。ホンマ大丈夫やから、気にせんといて」
と言った自分の言葉に、オレ達は思わず笑った。
「よし。ほな帰るか、和葉。切符よこせや」
「う、うん。でも平次」
と、和葉さんは納得のいかない様子で、
「さっきの話の続き、どうなったん? この子も『ホンマのこと』とか言うとったけど」
「……へ?」
「そうね」
と、蘭も首を傾げて、
「それにコナンくん、急に喋り方が前に戻ったみたいだけど?」
「……え?」
問われた服部とオレは、顔を引きつらせて後じさった。
「ねぇ、一体どうしたの? 何かあったの?」
「早よ教えてぇな。気になってしゃあないわ」
「あ、だから、その」
と、うろたえる服部と一緒に下がったオレは──足下の床がないのに気がついた。
「うわっ!?」
「な──!?」
服部の服にしがみ付くオレ。それに引きずられてバランスを崩す服部。
けたたましい物音に、蘭と和葉さんは手で顔を覆った。
オレ達は今度こそ、階段の一番下まで転がり落ちて行ったのだった。
〈了〉
《筆者注》
実はこの話、思いついたのは私ではありません。
以前ネット仲間さんが、プロローグの部分だけ書いたところから、私がこの形に膨らませた次第です。
今回、当サイトに復活掲載させるにあたって、そのプロローグ部分を、
読みやすい形に若干改変してあります事をお断りしておきます。
masaruさん、その節は本当にありがとうございました(多謝)。
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