≪SCENE 3≫

「実は私、最初から怪しいと思ってたの。あなたの事」
「ほほぉ、例えば?」
「そのおどけた口調」
「?」
「あなたは周りに、陽気で明るい人と思われている。でも私にはそうは見えない。
 寧ろ、そう思われるように努めているように見える。私にはあなたの笑顔って、どことなく乾いて見えるのよ」
「そう来たか」
 と、平次はしかつめらしい顔を作って、
「せやけど嬢ちゃん、ソレ言うたらあんた、大阪人はみんな組織の人間ゆう事にもなりかねへんで?」
「あなた知ってる? 黒い服が本当に似合う人って、意外と少ないのよ」
 と、哀は平次のシャツを眺めて、
「そういえば今日もあなたの服――黒ね。どうして?」
「あ、言うたらそうやな。適当に選んできたんやけど」
 と、平次は改めて自分の服を見た。
「ほんで、もしもオレが組織の者やとしたら。名前はどうする?」
「名前?」
「そやかて、色々あるんやろ? 『ジン』とか『ウォッカ』とか、ええとそれから」
「白乾児(パイカル)」
「ん?」
「あのお酒、元々あなたが持って来て、工藤くんに飲ませた物なんですってね」
「ああ、そうやけど。ソレが何やねん」
「口では一つの名前を名乗りながら、もう一つの名前も一緒に皆に見せてやる。
 コレ、なかなか面白い自己紹介の仕方だと思わない?」
「ふむふむ。ほな聞かせてもらうけど」
 と、平次は声を低めて、
「まさか、あんた聞いた事あるんか? 『白乾児』なんちゅうケッタイな名前の奴を」
「いいえ。でも聞いた事がないという事と、存在しないという事はイコールじゃないわ」
 と、哀は説明を加えた。
「闇も光の中にあれば、見る事が出来る。けれど闇の中に潜む闇は、誰も見る事が出来ない。
 たとえ存在していても気づけない」
「へぇ」
 と、平次は声を発してから、首を傾げて、
「でもそうなると、オレはかなりのトップクラスて事になってまうけど?」
「そういう事になるわね。凄いじゃないの、上層部員だなんて」
「イヤぁ、それほどでも」
 何故かほのぼのとした雰囲気に包まれる居間。
「それじゃ上層部員さん、私あなたに聞きたい事があるんだけど。いいかしら?」
「構へんよ。機密に触れん限りはな」
「今後あなたは、私たちをどうするつもり?」
「どうする、ねぇ。嬢ちゃんはどう思う?」
「そうね。差し当たって、あなたが私たちを裏切る可能性は低いわね」
 と、哀は口許に指を伸ばして、
「この前も騒ぎを収めようとしてくれたし。まだ私たちを泳がせるつもりかな」
「なるほど」
「それに私の研究もまだ完成してないし。恐らく、暫くは生かしといてもらえそうね」
「そやな」
 と、平次は茶を飲んでから、
「けど惜しいな、嬢ちゃん。その理屈、ちょっとだけ間違うとる」
「え?」
「よう考えてみ。オレは末端の奴等と直接つながってへんのやで。
その末端が、自力で勝手に嬢ちゃん達の居場所を突き止めてもうたりしたら。そしたら、どないなるかな?」
「あ……」
「そないなったら話は別や。そらオレかて出来るだけ助けたるけど、一度抜き差しならん状態になったら
手遅れや。そん時は、オレは最後の仕事をせなあかん」
 と、平次は立ち上がった。おもむろに上着へ右手を差し入れて、
「ほんでな、ホンマ言いたくないんやけど。実は今日がそん時なんよ」
「……」
「疑わしきものは全て消去する。ソレがオレらのやり方や」
 哀は、唾を飲みこんだ。なぜか背筋に冷たい物が走ったのだ。
「何する気?」
「何やと思う?」
 哀は冷笑を返して、
「銃は止してくれる? これ以上、体に傷は付けたくないから」
「――ええ加減にせーや」
「!?」
「もしかして、まだ分からへんのかなぁ? 自分の今の状況が」
「!!」
「遊びは、もう終いや」
 平次の表情は、やはり変わらない。冗談を言い合っていた、今し方の表情と。しかし。
 本当に全て冗談だったのか? 本当に他愛のない、只の言葉遊びだったのか?
 そんな哀の疑問を容赦なく遮って、平次は言った。
「怖いなら、目ぇ閉じとけや。すぐ終わるよって」
「……」
 気おされて、哀は言われるままに目を閉じた。
 平次は哀に歩み寄り、懐から右手を抜いた。



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