≪SCENE 4≫

 ぱふ、と小さな音が聞こえた。同時に、暖かな物が頭に触れた。
「……?」
 哀は、目を開いた。ごく間近に、平次の顔が見えた。
 目線を上げた。哀の頭の上に、平次の右手が置かれていた。
 平次は屈んで哀の頭を撫でていた。会心の笑みを浮かべて、
「やった。やっと出来たわ」
「あ、あの」
「嬢ちゃん、ガード固いんやもんな。指一本触らせてくれへんのやもん」
 そう言って、平次はぽんぽんと手を当てた。ニヤッと笑って、
「それにあんた、ホンマはごっつ喋るの好きなんやろ? イヤぁ、楽しませてもろたわ」
「あ、あ……」
 哀は不覚にも、血液が顔面に集まってきているのを感じた。
  やられた!
「あ、あなたって人は、な、何を、考えて……」
 舌がもつれて言葉が出ない。こんなこと初めてだ。肝心の平次はどこ吹く風で、
「ホレ見ぃ、そういう顔も出来るんやないか。可愛いやん」
「……」
 哀は、深々と息を吐いた。
「そうか。そういう事か」
「?」
 哀は、顔を下に向けた。
 工藤くんが日頃味わってる気持ちの、何分の1かが分かった。
 騙されて、悔しい気持ちもある。でもソレと同じくらい、否、それ以上に心地好い気持ちもあった。
突き抜けた、スッキリした安堵感。
 ――本当に面白いよ、お前らは。
「!?」
 哀はハッと顔を上げた。平次はキョトンとした顔で、
「何や、どないした?」
「う、ううん。別に」
 と、哀が首を振った時、車のエンジン音が外から聞こえてきた。
「嬢ちゃんの言う通りやな。飲み終わったら帰って来よった」
 と、平次は最後の一口を飲み干して、
「ほな嬢ちゃん、今度こそ終わりにしような。今の話はオフレコや」
「ええ」
 哀は茶器を片づけ始める。平次は玄関へ駆けて行く。
 ドアの開く音の後、騒がしい声が背後から哀に届く。
「よっ工藤、達者に生きとったかぁ?」
「は、服部!? 何でお前ココに」
「オイ新一くん、早く中に入ってくれんか。――オヤ、君は」
「ども、邪魔させてもろてます。あ、その荷物持ちましょか?」
「ああ、すまんな」
「コラ服部、オレの質問無視すんなよ」
 哀も止むなく戸口に歩いた。
「ちょっとあなた達、静かにしなさいよ」
 放っておいたら、いつまでも話が進まない。
 問答の末、大荷物は中に運ばれた。阿笠家の居間は、蚤の市の店先のようになった。
「ずいぶん買って来たのね」
「この際だからな」
 と、家主の阿笠博士は胸を張った。平次は箱の山を眺めて、
「けど何やコレ、オモチャばっかやな」
「当たり前だよ。歩美ちゃんとかに上げるんだから」
 と、高校生・工藤新一こと小学生・江戸川コナンが言い返す。阿笠は近くを探って、
「オモチャ以外もあるぞ。ホレ哀くん、君の言っとったバッグ」
「無駄遣いしなくたっていいのに」
「素直に喜べよ、灰原」
「オレんは?」
「何でお前の分まで買って来なきゃなんねーんだよ」
「良かったら、コレとかどうだね? 本なら問題なかろう」
「ホンマ? おおきに」
「ん……? あ、ソレってオレが自腹切ったやつじゃねーか。返せよ」
「どんくさい奴っちゃなぁ。気づくの遅すぎやで」
「うっせー!」
 すったもんだを経て、荷物の山を崩していく。そんな中、コナンは思い出したように、
「ところで服部、お前オレ達が帰って来るまで何やってたんだ?」
「何て、決まっとるやん。嬢ちゃんと話しとったんや」
「嘘つけよ。アイツがお前なんかのお喋りに乗ってくるわけが」
「嘘ちゃうよ」
「だったら何話してたんだよ」
「そら秘密や。 なぁ嬢ちゃん?」
「ええ、そうね」
「何だよ、気持ち悪ぃな」
 平次と哀の同調に、コナンは顔をしかめた。哀は作業に戻った。その手が止まった。
『――本当に面白いよ、お前らは』
 さっき確かに聞こえたはずの、あの言葉。アレは何だったのだろう。
 空耳?
 普通に考えれば、そうだろう。声こそ平次に似ていたが、アクセントが違いすぎた。
 でも、でも。もしかしたら?
 哀は思いきって、平次の方に顔を向けた。
「?」
 なぜか消えている。代わりにあるのは、さっきに比べてやけに大きくなった荷物の山。
 その山が、突如爆発した。
「工藤ーっ! お前ひとの上に空き箱積むなーっ!」
「先にやったのはそっちだろがーっ!」
「コレ君たち、喧嘩なら外でやらんかっ!」
 ……まさか、ね。
 哀は、人知れず苦笑した。

〈了〉




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