≪SCENE 3≫


後ろの自動ドアが閉まった途端、コナンは深く息を吐き出した。

「あー、肩凝った」

空いている手を肩に当て、大袈裟に力をこめる。もちろん先程の天使の笑顔など、
かけらも残っていない。
隣を歩く哀は、半ば呆れた表情で、

「本当に、あなたって子供のフリが上手いのね。映画の賞でも狙えるんじゃない?」

「コレが生き抜く知恵ってやつだよ」

と、コナンは右手に持つ本を示して、

「こんな小説なんて、子供が買う代物じゃねーからな」

「だからわざわざ隣町の店まで来て、読書好きの兄をもつ健気な弟の役を
演じてるってわけ? 大変ね」

「オイオイ、他人事みたいに言ってるなよ。お前こそ、少しは心掛けた方がいいぜ?」

哀の持つ紙袋を指して、

「そういうファッション誌の類も、あんまり子供は買わねーと思うし」

「私は、あなたほど器用じゃないもの」

「はぁ」

暫く無言で歩く。人通りの切れ目に差しかかった時、コナンは言った。

「それでお前――本当は何の用だったんだ?」

「え?」

唐突な問いに、哀は眉を寄せて、

「何の事?」

「今更とぼけるなよ。雑誌コーナーは入口のすぐそばだ。いちいち奥に入る
必要性も必然性もない。
けどお前はオレが見た時、ちょうど店から出るところだった」

「……」

「そもそもお前が、こんな遠出をしてること自体、不自然だ。
二言目には『命を狙われてる』って気にして、外出さえしたがらないのに。
そう言えばこの前もずっと出かけてたよな、お前」

「……」

「灰原」

と、コナンは哀を見据えた。

「お前、どういうつもりなんだ? オレ達の――アイツらの何が不満なんだ?」

一見では何の感情もつかめない、冷めた瞳を凝視する。逸らす事なく見続ける。
沈黙が、二人の間に落ちた。

「そうね。隠していても、いずれは知られる事よね」

と、哀は口を開いた。

「一言で言えば――耐えられなかったのよ。今のあなた達と、一緒にいるのが」

「!?」

「だって」

そして、さらりと言った。

「ババヌキ、知らないんだもの。私」





「は……?」

一瞬、意味が分からなかった。コナンは怪訝な顔で、

「嘘、だろ?」

「嘘なんかじゃないわ。本当に知らないのよ。
正直な話、最初はあなた達が何を始めたのかさえ分からなかったわ」

「ホントに、知らない?」

「ええ。ゲームなんて、今まで教わった事もなかったし」

「そんな。あんなの『教わる』なんて物でもねーだろ?
家族や友達と遊んで、自然に覚え――」

そこまで言って、コナンはハッと口を噤んだ。しまった、と思っても遅かった。

哀は唇の端で笑って、

「そうね。たぶん普通の人はそうなんでしょうね。けれど私の教育カリキュラムには、
そんな”余分”な事は組みこまれてなかった。
一日でも早く組織の望む人間になる事が、当時の私の目標だったから」

「灰原……」

「でも別に、その事自体を恨んでるわけじゃないわ。
ただ、あなた達が盛り上がってるところに水を差すような真似をしたくなかっただけ。
だから、何とか自力でルールを把握しようって思ってたのよ」

「って事は、最近お前が外出してたのは」

「そう。トランプゲームのルールブックでも無いかな、って思って」

探すと意外に無いのよね、と哀は肩を竦めた。

「じゃあお前、本当に何も知らないっていうのか? 何も」

「まぁね。でも強いて言うなら……」

「言うなら?」

「ポーカーなら知ってる」

「へ?」

「博士のパソコンにソフトが入ってるってこの前知ってね。それから時々練習してるの。
それくらいかな」

「何だ。それなら早く言ってくれよ」

「え?」

「最近ウズウズしてたんだ。ババ抜きばっかじゃ飽きるって。
でもアイツらに無理強いも出来ねーし。困ってたんだ」

「江戸川くん……」

「よし。そうと決まったら、さっさと帰ろうぜ。一勝負付き合ってくれよ」

と、コナンはきびすを返した。そして、早口で付け加えた。

「そしたらついでに――ババ抜きでも何でも教えてやるからさ」





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