≪SCENE 3≫


東京から大阪に帰って来た後の数日間、平次の生活は忙しかった。
学校の所用も勿論だが、地元警察との付き合いが続いたのが大きかった。
東京を去らねばならなかったのも、事件捜査の手伝いを電話で頼まれたためだった。

東京に行く際に酒を拝借した事については、彼の父親(因みに大阪府警本部長である)は
とうにお見通しだった。当然ながら文句を言われた。

しかしコレは言い訳になるが、平次は決して悪意であの酒を持ち出したわけではない。
風邪を引いていた探偵事務所の子供に飲ませたのにも理由がある。

あの酒は平次にとって本当に万能薬であり、言わばお守りの一つだったのだ。
幼い頃から病気になると、いつもアレを飲まされてきた。ただし平次が飲んでいたのは、
あの酒に様々な薬を煎じた物だった。あの酒を直に飲んだ事は、未だ無い。
未成年だからというより、火を吹きそうな気がするからだ。

その子供の事だが、平次が大阪に着いた時に毛利小五郎の娘から電話があった。
一度は倒れたものの、大したダメージは見られないという。でも大事を取って充分に
休ませるつもりだと、彼女はまるで母親のような口調で言っていた。

……何や知らんけど、色々あったな……。

平次は自室でゴロリと横になって、ため息をついた。
視線を横に向けると、ヌイグルミの詰まった袋が目に留まった。

……ゲーセンか。そういや、この頃とんと行ってへんな……。

もしかしたら、目当ての物はもう取られて無くなっているかもしれない。
けれど、それでもいいと、今の平次は思っていた。
平次は立ち上がり、出掛ける支度を始めた。





「え……?」

平次は呆然と、目の前の光景を眺めていた。
人間とは不思議な物だ。今自分が現実にした事を、頭の方はまだ理解できないでいる。
だがしかし、アームがつかんだ物は紛れもなく、和葉の求めるヌイグルミだった。
鉤爪に絶妙なバランスで引っ掛けられ、ヌイグルミは簡単に取り出し口へ落ちていった。

……取れる時には取れるんやなぁ……。

青いネズミを手に取ると、やっと実感が湧いてきた。
取れた理由は、単純と言えば単純だった。
要するに暫くゲームセンターに来ない間に、アームの力が強くなり、ヌイグルミの位置が
取りやすくなっただけの事である。しかし、その変化はほんの僅かな物。
もともと取りにくい形でもある以上、取れた本当の理由は寧ろ平次自身にあった。



――アイツに会えたから。



そう言ってしまっても良いかもしれない。ずっと気になっていた事が晴れたから、
サッパリとした気持ちになれた。アイツは只の男じゃない。あの時のアイツには、
毛利小五郎とは比較にならない特別なオーラさえ感じられた。
許されるなら再び会ってみたいと思うほどの、強い力を持っていた。

「とにかく、今日はコレが収穫やな」

平次は満足気な顔で、ヌイグルミをお手玉よろしく空に舞わせた。





翌日、平次は教室にいた和葉に、早速ヌイグルミを手渡した。
和葉は口を大きく開けて、

「あ! コレもしかして……前にアタシが欲しい言うてたやつ?」

「遅なってしもたけどな。まだ受け取ってくれるか、コレ?」

「当たり前やん。アタシずっとコレ欲しかったやねんから。
でもアカンから、もう諦めよ思てたのに。まだ気にしててくれたなんて」

受け取って、愛しそうに抱き抱える。一旦俯いてから、顔を上げて、

「ありがとう平次。アタシ、ホンマに嬉しいよ」

「……!」

「ん? 何、平次? 豆鉄砲食ろたみたいな顔して」

「ま、豆鉄砲?」

不意に言われたせいで、意味を理解するまでに数秒かかった。

「ああ、豆鉄砲て、あの鳩が食らうヤツか。そかそか――て、オレは鳩かいっ!」

「あんな。独りボケツッコミだけは、やめておき。虚しいで」

「余計なお世話や」

平次はフイと顔を背けて歩き去った。
そんな二人の話が終わるとすぐに、男子のクラスメイト達が平次に話しかけてきた。

「なぁなぁ、今アイツに渡したん、あのゲーセンの景品やろ?」

「良う取れたなぁ、アレ。一番難易度高いて聞いてたけど」

「んな、別に大した事あらへんよ。難易度も前よりは下がってたし」

「なら頼む、俺の依頼聞いてくれ。俺の彼女がごっつ欲しがっとるんがあんねんな」

「何?」

「お前も知っとると思うけど、ホレ、あのまんがの……」

キャラクターの名前を聞いて、平次は記憶を検索した。

「ああ、あのカバみたいなんか?」

「まぁそやな。とにかく取って来てくれたら、その日の昼飯は俺がオゴる。
必要経費も払うよって」

「オイオイ、そない大袈裟な話ちゃうやろ。何でも取って来たるって」

「ホンマに何でもか?」

黙っていた方の男子が、そう口を開いた。廊下で集まって談笑している女子たちに
大きな声で、

「オーイ。こいつクレーンゲームの景品、何でも取って来たるって言うとるで」

「えっ、ホンマに?」

「んなら私依頼するわ。今度出るTVゲームの主人公の人形で、名前はぁ」

「ちゃうちゃう、私が先や。私ずーと前から狙とるのがあんの。
報酬はクッキー作って来る事」

「お、オイオイオイオイ……」

平次は顔を引きつらせた。話が加速度的に大きくなってきている。
どこかで止めなければ収拾がつかなくなるのは明らかだった。

「分かった、分かったから! 皆ひとまず静かにせーや」

平次の一喝で静まる一帯。

平次は手帳とペンを取り出して説明した。

「ええか? これからメモ取るよって。オレに頼みたい人は一列に並んで申し込め。
申し込み時間は今から、この休み時間が終わるまで。
一応先着順やけど、くれぐれも喧嘩せんように。以上!」

と言い終わった瞬間、平次は自分の予想が甘かった事を思い知った。

どう話が広まったのか、平次の周りには生徒があふれ、
まるでアイドルのサイン会のような混雑ぶりになったのだ。

休み時間が終わるまで、何人が申し込むのか。平次は強張った顔で計算していた。





next

『名探偵コナン』作品群へ戻る


inserted by FC2 system