≪SCENE 4≫


またも数日間、平次の生活は忙しかった。
ただし前の時とは違い、今度はあくまでも自分の蒔いた種である。
平次は学校で和葉にヌイグルミを渡した事を悔やみつつ、ゲームセンター行脚を行った。

もっとも、景品を取る作業自体は、平次には何の苦も無かった。最初に挑戦した物が
難しかった事もあり、どのクレーンゲームも逆に物足りないくらいだった。

大変だったのは、寧ろ景品を依頼人(?)に渡した後だった。
仲間たちは平次が固く断っても、必ず礼の品を持って来た。
そのほとんどは、いわゆる「消え物」――飲食物が占めていた。
まさか平次も、季節外れのバレンタインデイのような状態に陥るとは思っていなかった。
それもバレンタインなら1日だが、今回の物はこの数日続いているのだ。

「平次」

「あ?」

教室で机の山をゲンナリと見ているところに声をかけられ、平次は憮然と振り向いた。
すると、自分より硬い表情をしている和葉と目があった。

「なぁ、今ちょっと時間ある?」

「無い言うたらどうする」

「ええから、こっち来て」

思った通り、和葉は問答無用で平次を引っぱって行った。





和葉が平次を連れて行ったのは、人影ない体育館の裏側だった。

「オイオイ何のつもりやねん、お前。こないなトコ連れ出して」

「何で言うてくれへんの?」

「へ?」

「あんた最初ゲーセン行く前に言うたやろ、アタシから依頼料取るて。
せやのにあんた、今の今まで一言も言うてきてくれへんやないの」

「あ。その事」

言われてみれば、そんな事を言った記憶はある。けれど。

「あんなぁ和葉、アレは言葉のアヤっちゅう物やて。んなもん気にする事あらへんがな」

「あんたは気にせんでもアタシは気にすんの。
実際あんた皆から、めちゃ色んなもん貰いまくっとるし」

「人聞きの悪い言い方すなや。言うとくけど、オレ自分から要求したんは
一個もあらへんぞ。寧ろオレは迷惑しとんねや。みんな勝手に押しつけてくんのやから」

「ほんでも貰とる事には変わりないやろ? んならアタシかてお礼せな変やないの。
アタシだけ何も上げてへんなんて、そんなん不公平や」

「ふ、不公平て……お前な」

「ホラ、さっさと何欲しいか言うてぇな。貰ても迷惑に思うんは、つまりあんたの欲しい物とは
違うからなんやろ? ほな一体なに渡したらええの?」

「そないなこと言われてもなぁ。お前の礼の品やったら、オレはとっくに貰とるし」

「とっくに、て……いつ何を?」



「あん時、景品受け取ってくれた時の――お前の顔や」



「え……?」

真顔で言われて、和葉は頬を淡く染め、口許を手で覆った。
吹いた風に、二人の髪が静かにそよいだ。

「へ、平次……」

「あん時はビックリしたわ。何ちゅうか、その、あん時のお前の顔、ホンマに……」

少々逡巡していたが、決心したように言った。



「傑作やったから」



「……はぁ?」

その途端、和葉は声を引っくり返した。みるみる内に般若のような顔付きになって、

「何やのソレ! アタシの顔が、そないに笑い取れるもんやったゆうの!?」

「え、何やお前? 何独りで怒って」

「って、よくもまぁ、しゃあしゃあと! 自分の胸に訊いてみい」

「せやから、ソレが分からん言うとんねや!」

結論を言えば、要するに平次は言葉の選択を誤ったのだ。
平次はあくまでも文字通りに、「傑出した作品」の意味で言ったのだ。ただしこの単語は、
しばしば皮肉の意味でも使われる。和葉の言っている「滑稽な代物」という意味に。

しかし困った事に、二人はどちらもその食い違いには気づかない。
そのため、彼らの勢いは激しくなる一方だった。

「大体あんたて、そういう男よな。いっつもいっつもボケた事しか考えてへんで。
せめて年に5分くらいは真面目なこと言うてみいや」

「お、お前なぁ! オレかて真面目な時くらいあんで。例えば事件の時なんぞ、
ボケてられへんやろ。ひとの事ホンマのアホみたいな扱いすんな」

「へーそう? けどそういう時は真面目でも、肝心なトコでヘタ打ったら意味ないよ。
そもそもあんた、いっつも詰め甘いトコあるし」

「ツメに甘いも辛いもないわい! それともお前、毎日ひとの爪の垢煎じて飲んで、
味でも知っとるんかいな。その割りには、やかましいトコが直らへんみたいやけど」

「せやから隙あらばボケるのやめておき!
知っとるか、あんたみたいな奴を『穴空きスプーン』ゆうんやで」

「どういう意味や、ソレ」

「どうやっても救いようが無い」

「かーっ、寒! 寒すぎ。修行して出直して来ぃや」

「何の修行や、何の!」

いつの間にやら本来の論点は遥か彼方に消え去り、彼らの会話はもはや漫才としか
言い表せない物になっていた。

がさり、と近くの植え込みから音がしたのはその時だった。

「あん?」

「えっ?」

顔を向けた二人は、言葉を失った。
凄まじい音と共に、植え込みを突き破るような形で生徒の集団が倒れこんで来たのだ。

ビデオカメラやスチールカメラを構えている者、レコーダーを持っている者、
メモ帳とペンを握りしめている者など男女混交に、ざっと10人くらいは居る。

「お、お前ら確か」

「放送部と新聞部」

それだけ言って、また絶句する。コイツら、いつからココに居てたんや?

「あーあ、押すな言うたのに」

「言うても部長が前塞ぐんが悪いんでしょ」

「もう、どないしてくれんねん? ウチのトップ記事になる予定やったんやで、コレ」

「コラコラ、何言うとるん? 元々は俺らのスクープやったんやぞ」

「今回こそ二人の漫才、最後まで記録でけそうやったのにぃ」

「それより私のカメラに傷付けんといて。まだ新品なんよ」

「お前らなぁ……」

「あんたらなぁ……」

やっと思考が動きだした二人は体を震わせて、異口同音に怒鳴りつけた。

「毎度毎度、ええ加減にせいっ!」

「おおっ、漫談復活! ハイ続き続き」

「待って待って! 今テープのセットし直すよって」

「せやからお前ら、やめい言うとるやろ!」

「アタシらをネタにすんなーっ!」

高校生たちの叫び声が、校庭の隅で乱れ飛ぶ。

西の幼なじみ達の関係は、今日も平和な物だった。


〈了〉





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