≪SCENE 5≫


「ダメだよ、こんな所に入ったらいけないんだよ」

「何でやねん、新一?」

「だって」

と、新一は目的地の入口で声を張り上げた。

「ゲームセンターっていうのは不良が入る所なんだよ! 知らないの?」

「だぁーっ……!?」

素っ頓狂な声と共に、平次はそばの壁にもたれ掛かった。

「そらまぁ大昔はそういう部分もあったけどな。今時のゲーセンゆうたら、
寧ろ女子供の遊び場や。ココなら一番手っ取り早く、カルチャーショック受けれるし」

「でも父さんや母さんに叱られるよ」

「ええからええから、騙されたと思って入ってみ」

「ちょっと押さないでったら――わ!」

自動ドアを通った次の瞬間、新一は両耳に手を当てた姿勢で固まった。
鏡よろしく磨き上げられた床、壁や天井を走る原色の照明。流行の音楽とゲームの
効果音とが入り交じった独特の音響。それらはどれも、新一の常識の範囲を超えていた。

「な、何なの? 何なのココ?」

「せやから今時の子供遊び場やて。ホレ現に」

と、平次はフロアの一角に指を向けて、

「お前と同じくらいのガキも、チラホラ居てるの分かるやろ?」

「うん……見える」

「SF好きゆうんやったら、こういうコンピューターの類てウケるんと違うかな思たんやけど、
もしかしてアカンかったか?」

「……ううん」

と首を振る新一の顔からは、もう戸惑いは消えていた。

「凄い、凄いよ! こんなの信じらんないよ。
だってココにあるのって、全部ゲームの機械だっていうんでしょ?」

「まぁな」

「コレも、コレも、コレも、TVとかじゃないんでしょ。
ねぇ平次、コレってどれくらいの容量使って動いてるの、ねぇ!」

「容量て新一……お前なぁ」

口が達者なだけあって、ボキャブラリーの数も並ではないようだ。
逆に驚かされている平次を余所に、新一はアーケード機の一つに目をつけた。

「平次。コレってどういうやつなの?」

「コレは、ジャンルとしては格闘ものやな。この画面のキャラクター動かして、
コンピューター相手とか人間同士とかで対戦すんねや」

「人間同士?」

「そ。例えばお前とオレとかな」

「ふぅん。じゃあさじゃあさ、ちょっとやってみない? 平次とオレとで」

「オイオイ、お前自分が何言うとるか判とんのか? お前に操作でけるんかいな」

「ちょっと待っててね」

平次の疑問には答えずに、新一はアーケード機を凝視した。厳しい表情で、
周りの機器にも目を向ける。コントローラーに二、三度触れてから、やっと相好を崩して、

「ハイ、もういいよ。やろ」

「ヘイヘイ、なんぼでも付き合いますよ」

平次は余裕の表情で、新一を席に座らせた。自分も同じように腰掛ける。
どれくらい手加減して揉んでやろうか――と最初は考えていたのだが。

「ちょ、ちょお待てお前、何でそない反応早いねん! 何でコマンド入んねや?」

「だってコレ、この前博士が作ったゲームに凄く似てるんだもん。
画面はこっちの方がずっと綺麗だけど」

「ちゅう事は、お前密かに初心者ちゃうな? ほんだらオレも本気でやるで」

「いいよ本気になったって。オレもまだ本気じゃないから」

「その減らず口黙らしたるわ。覚悟しい」

「ソレはこっちの台詞だよ」

揃って機関銃の如き勢いで喋りながら、無論その手は止まらない。
歳の離れたゲーマー二人は、まさに白熱戦を展開していた。

「あーっ!」

「よっしゃ!」

結局、平次が面目を保ったのは幸いだった。
それにしても。相手はまだ小学生、それも10年前の人間なのに。
まさかこれほど手こずるとは。まるで悪夢である。

……それほど工藤は特別ゆう事かいな。イヤ、特別ゆうより変人かも……。

そんな平次の心を知ってか知らでか、新一は無邪気に平次の袖を引く。 

「ねぇ平次、もう1回やろ。もう1回」

「……」





「おっ、ちょい待ち。コレ最新型やんけ」

と、平次が立ち止まったのは、先程とは別フロアにあるクレーンゲーム機の前だった。

新一は不思議そうに、平次を見上げて問うた。

「なぁに、コレ?」

「コレはやな、クレーンゲームゆうて。あそこに付いとるアームを使て、
ココに積んだある景品を取る仕組みなんや」

と、平次はヌイグルミの山を指差した。

「そや、新一も一遍やってみるか?」

「いいの? やらせてやらせて」

その場で嬉しそうに飛び跳ねてから、やはり先程と同じ要領で周りを観察する。
平次から渡されたコインを入れて、早速アームを操作する。

「よっ……と、アレ? ダメなの?」

「ふっふっふ」

あっさり失敗した新一に、平次は含み笑いをしてみせて、

「操作マニュアルや周りの機械を調べたくらいで、コレが出来ると思たら大間違いや。
その場の状況によって正解はコロコロ変わる。言うなれば、模範回答のないトコが
コレの良さなんや」

「だったら、平次はコレ出来るの?」

「愚問やな」

と、平次はニッと歯を見せた。積まれているヌイグルミを一瞥して、言った。

「賭けてもええで。この状況やったら、一つ残らず取り尽くせるわ」





「あの、ゴメンね平次。オレ少し疑ってた」

「そうそ、人間素直が一番や」

軽口を叩きながらも、平次の目と手の動きは揺るがない。

「ホレ行くで。これぞ秘技――3個取り!」

「わーっ!」

「次はそうやな……4個取りもやったろか?」

「やってやって! わ、やった凄い」

「どうや、少しはオレのこと見直したか」

「うん!」

力強く頷く新一に、平次は微かに苦笑した。
最初に新一にプレイさせたのは、もちろん平次の作戦だった。
素人感覚で山を一旦崩されたおかげで、逆に入れ食いの状況になったのだ。

「ねぇねぇ。もっと取ってよ、もっと」

「そら取ってもええけどな。あんまりずっと張りついとると、他の客にも迷惑になるし」

「別に迷惑にはなってないと思うよ。皆で見てるもん」

「あ?」

よく分からない事を言われた時、ついに集中が途切れた。
その代わりに背後から、大勢の視線が注がれている事に気がついた。

「ま、まさか」

恐る恐る振り返ると、予想通りの光景が後ろにあった。

「アラ、もう終わりなの?」
「ここまで来たらやっちゃえよ、完全制覇」
「あんた今の今までノーミスだろ。最初から見てるぞ、俺」

などなどなど。ぐるりと取り囲んだギャラリーが、口々に勝手な事を言ってくる。
平次は頬を引きつらせ、しどろもどろに、

「あー、イヤそのオレはやな。ごくごく普通の高校生で、何の他意も」

「あのね。この人ね、ココのヌイグルミ全部取れるって言ったんだよ。凄いでしょ」

「こ、コラ新一、余計なこと抜かすな!」

と、平次は慌てて新一の口を塞ぎにかかる。けれど全ては遅すぎた。

「やっぱりそうだ。記録作りに来てるんだよ、あの人」

「只者じゃないって事?」

「相当場馴れしてるんだって。間違いないよ」

ギャラリーはどんどん増えていく。何事かと、店員たちまでこちらに集まって来た。
こうなってしまったら、的確な打開策は一つしかない。
平次は深呼吸をしてから、ギャラリーに宣言した。

「分かったわ。やったるわい完全制覇! お前ら目ぇかっぽじってよう見とき!」





「はー、参った。えらい恥かいてもうたわ」

ゲームセンターを飛び出して暫く走ってから、冷汗を拭いつつ平次は言った。

「何で? 恥ずかしくなんかないよ。最初言った通り全部取れたじゃない」

「そういう意味やのうてやな」

確かに新一の言うように、平次は宣言通り完全制覇をなし遂げた。
ただそれで困ったのは、それこそ山のように多い景品の処理だった。

「でもさ。良かったの、あれで?」

「何がや」

「だって」

と、新一は自分の両手に抱き抱えるヌイグルミに視線を落として、

「平次ったらこの1個残しただけで、後はみんなお客さん達に配っちゃうんだもん」

「あ、その事か」

今し方の騒ぎを思い出すと、また体が内側から火照ってくる。
大阪人の性とはいえ、我ながらあの時のテンションは高かった。
掛け声交じりにヌイグルミを客にばら撒く様は、例えるならまるで――。

「何かさ、サンタクロースみたいだったよね。さっきの平次」

「言うなーっ!」

7歳児に明言されて、平次は拳に力を込めて抗議した。

「オレかて好き好んであないな事したわけちゃうわ。
ホンマはお前の分の1個だけでやめるつもりやったんやし」

「1個? 2個じゃなくて」

「1個あったら充分やろ」

「それじゃ平次の分がないよ」

「ええんやよ。そもそもオレはもう、景品自体はどうでもええねん。
そら確かに昔は意地になって取りまくってた時期もあったけど」

「けど?」

「ある時を境にプッツリやめた。オレは景品よりも、もっとええもん貰う事にしたんや」

「ソレ、ドコにあるの?」

「ソコや」

と、平次は新一の真正面に指を向けた。

「知っとるか? 人間てな、ひとから物贈られた時にめちゃめちゃええ顔すんねん。
さっきソイツ選んでた時のお前の顔なんぞ、ホンマ一級品やったで」

「オレの、顔が?」

「要するにオレが言いたいんは、世ん中には目に見える目先の物より、
ずーと大切な物があるっちゅう事っちゃ。ものごっつ大切な物がな」

「ふぅん」

「分からんか?」

「分かんなくない事もないけど。うーん」

「悩むな悩むな。第一オレがこう思うようになったんは……
イヤ、お前に話しても意味ないか」

「?」

「お、何や。もうこんな時間かい」

腕時計の差す時刻は、既に正午を回っていた。

「このまま帰るんもつまらんな。ここらで何か食うてくか」

「ドコ行くの?」

「せやな。この辺やったら喫茶店とか、それともハンバーガー屋とか」

「え、そんなトコ行くなんて。やっぱり平次……不良?」

「あのなぁ」

もしかしたらコイツは、生きている時代が古いというよりも、
単に頭が固いだけかもしれない――と、平次は少々思い始めていた。





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