≪SCENE 4≫


落ちていく。


暗闇の中で目を閉じた時のような漆黒の中を、まっすぐに落ちていく。
どんなに目を凝らしても、何も見る事は出来なかった。――ただ一つの物を除いては。

落ちていくコナンと全く同じスピードで、蘭も下へ落ちていた。
落下の恐怖からか、彼女は気を失っているように見えた。

コナンはもう一度、蘭の元へ手を差し延べた。
ギリギリの所までは行き着くものの、あと指一本ほどの距離で届かずに、
手は虚しく空を切る。コレを何度繰り返した事だろう。

果たしてつかむ事が出来るのか、つかんだ後どうすればいいのか、
そもそもこの仮想現実の世界で、こうして助ける事に意味があるのか。
そんな細かい事は、コナンの頭からは完全に失せていた。

……届け、届け、届いてくれ!

……嫌だ、嫌なんだ、助けられないなんて嫌なんだ!

……だって、オレは、オレは、アイツを――!

コナンの頭の中に、哀が言っていた台詞が蘇る。


『成功すると信じて行動すれば、成功するんじゃないかってね』



「――届けーっ!!」



声の限りに叫んだ時、全身が波打った。まるで映像が描き替えられるかのように、
自らの姿が変質していくのが分かった。手足が、身体が、懐かしい形に伸びていった。

蘭を無事に受け止められた時の彼は、もう小学生の江戸川コナンとは呼ぶ事は
出来なかった。

紛れもなく高校生の、工藤新一の方の姿をもっていた。

新一は両腕に力を込め、蘭を抱きしめた。彼の腕の中の蘭は、まだ目を閉じていた。

そんな二人の体は、今や落下してはいなかった。極めてゆったりとした降下だった。


ふんわりとした――芝生のような感触が、新一の足に当たった。彼はその場に
ひざまずいた。大きく息を吸いこんで、ゆっくりと吐き出した。
何もない空間であるはずなのに、彼ら二人のいる場だけは、暖かさに満ちていた。

「ん……」

微かに顔をしかめてから、蘭は瞼を上げた。

「アレ? わたし……」

「蘭。大丈夫か?」

出してみた声は、震えていた。

「その声、新一? 何で新一がココに?」

「ゴメンな、蘭」

「え?」

「いつも、護ってやれなくて。そばに居てやれなくて。だから、だからこんな時くらい、
どうしても助けたかった。そう思ったら、そうしたら、こんな……」

こんな、奇跡が起きた。

「新一……」

蘭は両手を上げて、新一の顔に触れた。

「ん?」

「新一なんだよね? ゴメン。新一の言ってる事、よく分かんないの。
声は何とか聞こえるんだけど。話してる事、聞き取れないのよ。ゴメンね」

「あ……」

言われてみれば、蘭の顔は茫漠としたままだった。それに話し方も、
どことなく舌足らずな感じを受ける。意識そのものが揺らいでいるようだった。

蘭は相手を確かめるように、新一の頭や肩を撫でていた。
それから華のような笑みを浮かべて言った。

「でも、ありがと。来てくれて。ホントに嬉しいよ。何も見えなくて怖くて、
どうしたらいいんだろうって思ってたから」

「蘭……」

「ねぇ、新一。わたしこのまま、こうしてたいな。ずっと、二人で一緒に居たいよ。
離れたくなんかないよ。もうわたし……ただ待ってなんていたくない!」

蘭は、新一の体にすがりついた。その両肩は、小刻みに震えていた。
新一はもう一度だけ、蘭を抱きしめた。が、やがて蘭から手を離した。

「ゴメンな、蘭。本当にゴメンな。オレ必ず帰るから。絶対に、絶対に戻るから。
許してくれなんて言わないけど、でもオレはお前の事、ホントに……」

声にならぬ声で囁いてから、新一は顔を上げた。前方すぐに、白い出口が見えていた。
新一は蘭を立たせた。手を引いて、出口の前へ歩かせた。

「え、何? 何なの?」

「また、会おうな」

戸惑う蘭の背中を、新一はそっと押した。蘭はよろめきながらも、
出口の向こうへ吸いこまれていった。

彼女の姿が見えなくなってから、新一も光る出口へ足を踏み入れた。
眩しい閃光に全身が覆われた時、無機的な合成音によるメッセージが頭の中に響いた。



『プレイヤー・エントリナンバー1・離脱に成功しました』






next

『名探偵コナン』作品群へ戻る


inserted by FC2 system