≪SCENE 5≫


緊張に包まれている開発ルームの中、並べられているカプセル状の機械のうち、
最後の一つが開かれた。
その中から現れたコナンに、他の面々が興奮した様子で集まって来た。

「コナンくん!」

「お帰りなさい!」

「遅かったじゃねーかよ!」

「ん? 何だお前ら、先に戻ってたのか?」

「江戸川くんより、10分ほど前にね。何とか安全にゲームから出られたみたいよ」

「ふぅん」

仲間たちの話を聞きつつ、煩雑なインターフェイスを外した。
カプセルから床に下りると、やっと現実に帰った実感が湧いてくる。

「そうだ! 蘭――ねえちゃんは?」

「あっち」

と、哀は斜め後ろに指を向けた。

蘭は部屋の隅の長いすに腰掛けて、やはり引率で来ていた阿笠、
そしてゲームの係員たちと会話していた。コナンは駆け足で、蘭の元へ向かった。

「あ、コナンくん」

と、蘭はコナンに気づいて破顔した。

「蘭ねえちゃん、大丈夫? 気分悪くない?」

「うん。わたしは平気よ。コナンくん達こそ、体とか何ともないのね?」

「う、うん」

「今聞いたんだけど、何か機械の調子が良くなかったんですって。外からの操作も、
ほとんど受け付けなかったって。これから原因を調べるそうだけど、ビックリしたよね」

「あ、そうなんだ」

「まぁ、少しは怖かったけどね。でも最後の方は、ちょっと良かったんだぁ」

「へ? よ、良かったって何が?」

「さぁね〜」

と、蘭はクスクス笑って答えない。
阿笠はコナンに寄って小声で、

「ゲームから戻ってきてから、ずっとこの調子でな。係員たちも不思議がっとるんだよ。
一体何があったんだね?」

「さ、さぁな……」

言えない。蘭に問いただす事も出来ないが、自分から語る事などもっと出来ない。
上機嫌の蘭。真っ赤になっているコナン。そんな二人に、首を傾げている阿笠。

一人狼狽している係員は、蘭に何度目かの頭を下げた。

「本当に申し訳ございません。御迷惑をおかけしました。
今後は二度とこのような事がないよう、点検を徹底しますので」

「あ。そんな、謝らなくていいですよ。わたしホントに大丈夫ですから」

「ですが、やはり念のために、その、別室で検査を」

「だから、別に気にしなくていいですってば……」

蘭と係員との押し問答は、時間がかかりそうだった。コナンは複雑な気持ちのまま、
子供たちの所へ戻った。彼らの方も、何かの話題で盛り上がっている様子だった。

「でもホント、不思議だよねぇ」

「いえいえ、あれくらいの事は当然ですよ。何たって最新のゲームなんですから」

「けどよ、灰原だけなんて不公平だぜ。全員なら面白かったけどよ」

「オイお前ら、何の話してるんだ?」

「あ、聞いてよコナンくん。凄かったんだよ、さっき。コナンくんが落っこちてから、
わたし達も落っこちたんだけど」

「真っ暗でもうダメだって思ったらさ、灰原が何つーかその」

「変身したんですよ! もうヒーローばり、イヤ、ヒロインて言うべきですか?」

「へっ!?」

コナンの両目が、点になった。

「魔法使いのおねえさんみたいにね、大人になっちゃってね、わたし達のこと
助けてくれたんだよ! それで出口まで一緒に行ったの!」

「へ、へぇ……そう。そうなの」

「ん、何ですかその顔、もしかして信じてませんね? 本当なんですよ?」

「え? あ、イヤ、信じてねーわけでもねーけど、その」

「嘘だと思うなら本人に聞いてみろよ。――なぁ?」

コナンは、ぎこちなく首を回した。我ながら、機械仕掛けの人形のような動きだった。

「本当、なのか?」

哀は消え入るような声で応じた。

「事実よ。認めたくないけど」

その後も、三人組の会話は絶える事なく続いていた。コナンと哀は、
完全に取り残された形になっていた。
コナンはガリガリと頭を掻きむしって、

「ったく、何かムチャクチャだよなぁ。オレだけじゃなく、お前までもかよ」

「え? それじゃまさか、あなたも?」

「まぁな。しかし変身ヒーローねぇ……そんなだったら便利だろうな、マジで」

「無茶なこと言わないの。『無いものねだり』しても仕方ないでしょ」

「だから分かってるって、そんな事は」

「でも、気になるわね」

「ん?」

やおら表情を改めた哀に、コナンは目を瞬かせた。

「このゲームって、私たちがモニターする前に、何度もテストを済ませてたはずでしょ?
なのに、こんな奇妙極まりないエラーが出るなんて」

「そりゃまぁ……気になる点は多いけどさ」

「覚えてる? 以前『10年後の自分の顔を予想する』っていうシミュレーションを
受けた時にも、私たちにはエラーが生じたわ。そして今回も」

「オイオイ」

と、コナンは眉をひそめて、

「まさかオレ達のせいだって言いいてーのか、お前は?」

「だって、そうじゃない?」

と、哀は薄く笑って、

「私たちは、こうした今の生活自体が、既に仮想現実みたいな物なんだから」

「バーロォ。オレ達がいる所は、現実だよ。少なくともオレはそう思ってる。それに」

はしゃいでいる子供たちを人知れず指して、コナンは言った。

「アイツらだってそう言うぜ、きっとな」

「……」

「今回の原因は単純なバグ。さもなくば外部からのクラッキング(破壊)ってトコだろ。
けど何にせよ、ソレはあくまでも制作スタッフの問題さ。オレ達が口を挟む事じゃない。
そうだろ?」

「……そうね」

静かに答えながらもまだ不服そうな哀に、コナンは深くため息をついた。
そのじつ体に大きな異変を起こしたせいか、相当に疲れているのが本音だった。





その後、このゲームシステムは何度も改善を重ねられ、紆余曲折の末、
正式な名前も決定される事となる。

長い時を経て、コナン達の前に再び姿を現した時、そのシステムはこのような単語を
名乗っていた。





 ――「コクーン」と。


〈了〉





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