≪SCENE 6≫
「もっと早く真実に気づくべきだったよ。そして早くココに来るべきだった」
背の高い柱時計を眺めている店主に、新一は話を始めた。
「最初オレは、小さくなる前の時代に戻ったんだと思ってた。
嘘みたいな話だけど、信じられない物じゃないから、オレはそれで納得してた。
でも違ったんだな。真相はもっとトンデモナイ物だったんだ。ココは過去なんかじゃない。
もっと言えば、現実でさえないんだ。
だから実際とは、いろいろ微妙なズレがある。細かい綻びなら、本当に沢山あるぜ。
例えば一昨日オレが解いた事件。あの時には高木刑事や佐藤刑事は控えてなかった。
あの場にはいなかったはずなんだ」
店主は無言である。
「夢を見てたんだって蘭に言われた時は、流石にショックだった。ソレを言われたら、
反論の仕様もねーもんな。けど少なくとも今のオレには、ココが現実とは思えない。
最初の朝、一昨日の夜、昨日の夕方、そして今日。
その時々の出来事は、全部ハッキリ覚えてる。
けどよく考えたら、"その間"の記憶が完全に飛んでるんだ。
切れ切れになっちまってるんだよ。下手なビデオの編集みたいにな」
と、新一は肩を竦めた。
「さぁ、今度はあんたが話す番だぜ。あんた一体何者だ? オレに一体何をしたんだ?」
「ワシは何もしとらんよ。ただ、君が触った時計。コレがマズかった」
屈んで下の棚の時計を取った。古めかしい型の、金色の目覚まし時計。
「この時計が特別だ、という話はしたはずだね?」
「まぁ一応」
「寝てる間にコレのベルを鳴らすと、自分の好きな夢を見られるんだ。
有名になりたいとか、友達が大勢欲しいとか、自分に正直になりたいとか」
「寝てる間……」
「そう。だが君はワシが説明を終える前に、勝手にスイッチを入れてしまった。
それでこんなややこしい事になったのさ」
「そうかな」
新一の不信の感情は消えない。
「だったら、わざわざオレの目の高さにソレが置いてあったのは何でだろうね。
オレに触って下さいと言わんばかりの位置に」
「……」
「いまさら隠し事は無しにしようぜ。あんたは全部分かってるんだろ。
だからオレを『学生さん』なんて呼んだ。あんたは最初から、オレが何者か知ってたんだ」
眼鏡のせいで、相手の表情はよく読めない。新一の語気は自然、荒くなった。
「結論を言う。オレを元に戻せ。即刻、全部最初に戻すんだ」
「元に?」
と、店主はさも不思議そうな声を上げた。
「何を言うんだね。元になら、もう戻っとるじゃないか」
「何?」
「君は今、本来の姿でココにいる。世間から注目され、認められてる。
今の君を子ども扱いする人などいないだろう。可愛い彼女だっているんだし」
「幼なじみだ」
と、新一は訂正した。
「アイツとはまだ、正式には付き合ってない。あんな形はフェアじゃない」
「やれやれ、困ったボウヤだ」
と、店主は呆れたような口調で言った。時計を新一に手渡して、
「だったら、もう一度コレのスイッチを入れなさい。そうすれば元の世界に帰れる」
「本当だろうな」
「少しはひとを信用したらどうだね」
苦笑する店主。
「しかし本当にいいのかね? ココには危険もない。不便な生活をする事も、
命を狙われる事もない。刺激は適度に、充分にある。平和に過ごしていけるんだが」
「平和?」
と、新一は不敵に店主を見返して、
「笑わせんなよ。オレは探偵だぜ。危険結構。奴等を潰さねーで何が平和だよ」
「……なるほど」
店主は店の奥へ歩いて行く。背中を見送って、新一は時計のアラームをONにした。
並の言葉では表現できない大音響が、辺り一面に響き渡った。
新一はたまらず目を閉じて、両耳を塞いだ。
――暗転――
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