Rival (ライバル)

ごく平凡な、ありきたりな午後だった。――事務所のドアを開ける時までは。

「よっ、久しぶりやな」

「……どうしてお前がココにいるんだよ」

背中のランドセルを下ろすのも忘れ、工藤新一こと江戸川コナンは
呆れ顔でデスクの相手を眺めていた。
席に座っている当の本人――新一と同年代の高校生・服部平次は実に呑気に、

「オッサンは仕事、ねーちゃんは買い物。夕方には戻る言うてた。
それまでオレが留守番頼まれたわけで」

「そういう意味じゃなくて、だな」

「ほれ、ボーとしとらんと、さっさとこっち来ぃや」

「……」

コナンは口を噤んだ。深々とため息をついて、

「用件があるなら、さっさと言えよ。でなきゃ帰れ」

「つれないなぁ……こっちの話くらい聞いたらどうや?」

「話?」

「読ませてもろたで、コレ」

と、平次は傍らに置かれた先週の新聞を手に取って、

「『怪盗キッド撃退!? 『漆黒の星(Black Star)』をたった一人で死守!!
お手柄小学生!!』……か。お子様にしては上出来やけど」

「うっせーな。あの時は油断したんだよ」

ソファの上に荷物を投げて体を沈めて、コナンは憮然と言葉を返した。
今思い返しても虫唾が走る。最後の最後で出し抜かれてしまったのだ。
たとえ標的の宝石を守り抜いても、捕らえられなければ何にもならない。

「で、ソレが一体何だって言うんだよ。わざわざ大阪から嫌味言いに来たのか?」

コイツならそれくらいの真似をしかねない。
対して平次は、笑みを浮かべてなだめるように、

「ま、ま、そないに怒るな。苛々した時には甘い物でも」

どこからともなく取り出す包み。ソレをコナンに手渡した。

「ソレを言うならカルシウムだろ? ったく」

などと文句を言いつつ、コナンは渡されたチョコレートを一粒、口に放りこんだ。





平次は一枚の紙をテーブルに置いた。

「親父の知り合いのトコに、こんな物が送られて来たんやて。三日くらい前やったかな」

「コレは……」

と、コナンは食い入るように目の前の物を見つめた。
間違いなく、ソレは「予告状」だった。



   貴殿の所有するダイヤモンド、「貴婦人の涙」を戴きに参上致します……。



以下、犯行日時が簡潔に記されていた。
以前コナンが見た物とは違って、暗号などの細工は見られない。ただし。

「電子メール、とはな」

「ああ、奴っこさんも文明の利器のお世話になっとるわけや」

プリントアウトされた紙を手にするコナンに、平次は肩を竦めてみせた。

「現在は極秘裏に警備や捜査が進められとる。当然、オレの協力も求められとる。
そこでや」

と、平次は言葉を切って、

「奴の顔を拝んだお前に、詳しい話を全部聞きとうてな。こうして来たわけや」

「拝んだ……って、直接見たわけじゃねーんだぞ?」

「何でもええわ。話相手がおった方が、こっちも推理しやすいしな。お前が捕まえられへん
奴やったら、オレも追いかけ甲斐があるっちゅうもんや。さ、早よ話せ」

と、平次はコナンを急きたてた。





 「話せ」と言われても、キッドについて伝えられる情報は少なかった。
憶測を語るのは簡単だが、そんな事はコナンのプライドが許さない。

「でも……」

「でも?」

「少なくとも、30代後半って言われてる年齢、アレは嘘だ。
あの身のこなし、あれはどう見ても……20代前半ってトコだろう」

「ふぅん」

と、平次は相槌を打ってから、

「けど、せやったら計算が狂うぞ? 奴っこさんは20年近く前から出没しとんやで?」

「正確には18年前からだ。ただしソレには注意すべき点がある。
8年前から最近にかけて、奴は活動を休止していた。完全な沈黙だ」

「確かにそうやな。それに――そうや! 活動拠点も全然違う」

「そう。フランスと日本じゃ、あまりにも遠すぎる」

「まさか」

と、平次は唾を飲みこんで、

「キッドは……二人いる?」

「そうかもしれない。そうじゃないかもしれない」

「歯切れが悪いなぁ、相変わらず」

「軽率な判断は必ず命取りになる」

言わば自業自得で姿を変えられた身の上を思い出しつつ、コナンは呟いた。

「オレはもう、それは経験済みだ」

「はぁ?」

平次は目を瞬かせた。





「確かにお前の言う事にも一理あるな、服部」

「ん?」

「話相手がいた方が推理しやすい。おかげで前に考えかけた事、思い出したよ」

と、コナンは平次をひたと見据えて、

「なぁ服部、率直に答えてくれ。なぜキッドは、こうして予告状なんて出すと思う?」

「なぜ、って」

と、平次は腕を組んで、

「そら自分の犯行に、常に100パーセントの自信を持っとるからと違うか?
だからこそ、こんな大胆な事が」

「ちょっと違うな」

「何?」

「ソレはあくまでも結果論だろう? 物を盗むのに予告状を出すなんて、
何のメリットもない。自分で自分の首を絞めるような物さ」

「まぁ確かに」

と、平次は一度は頷きながらも、

「せやけど、自分の犯行を知らしめたいゆうんは有るんやないか?
少なくとも何かしらの目的はあるはずや。つまり、奴は」

「つまり?」

「目立つのが好きなんやな。うん!」

平次の力強い結論に、コナンはソファから転がり落ちた。

「真面目に考えろ!」

「何言うとる! オレは真面目や。世間で目立てるかどうかは、
こら大阪人なら誰にとっても死活問題――」

「分かった、分かったから。静かにしろ」

「などと言うボケはこの辺に置いといて」

「……」

瞬く間に真顔に戻っている平次に、コナンはもう一度ため息をついた。

……関西人て、まさか皆こうなんじゃねーだろうな……。





next

『名探偵コナン』作品群へ戻る


inserted by FC2 system