≪SCENE 1≫
「一体どうなってるの?」
と、工藤有希子は電話相手を叱りつけた。
「コレで3回目よ、3回目! 「資料はすぐ送ってくれ」って、あれほど言ってるのに」
『仕方ねーだろ? マイナーな記事ばっかり、請求してくるのが悪いんだよ』
と、相手は吃りつつ応じる。
有希子は金切り声で、
「言い訳するんじゃないの! 最初に約束したでしょ?
『こっちからの連絡には当日中に答える』ってのも守れてないし」
『だ、だからソレは』
「新ちゃん?」
『何?』
「あなた、何か隠してなーい?」
『!』
受話器の向こうで、唾を飲む音が聞こえた。
そのとき雑音が紛れこんだ。ドアを叩く音、開く音、そして中年女性らしき声。
「ちょっとボウヤ、いっまで話してるの?』
『あ、すみ──そ、それじゃそういう事で』
「え?」
通話が切れた。
盆を片手に、有希子は扉の前に立っていた。
深呼吸を一つ、ノックを3回。思いきって開けた。
「あなた、ちょっと」
「入るなっ!!」
鬼気迫る声が飛んで来た。
彼女の最愛の夫・工藤優作は、部屋の奥でノートパソコンに向かって頭を抱えていた。
有希子は顔を引きつらせ、
「あ、あなた、あんまり根を詰めない方が」
「何言ってる!? 後6編だぞ、6編! 300枚と200枚と、後それから」
「昨日の催促も入れたら10編よ?」
「あ……」
思い出したのか、暫し呆ける。
有希子は苦笑すると、
「少しは休憩したら? ホラ」
と近づいて、盆をデスクに置いた。
それを見て、優作はパッと顔を輝かせた。ほう、と声を上げ、
さっそく皿のクッキーをつまんで、
「うん。今日のもうまいじゃないか」
「ありがと」
と、有希子も微笑んだ。この人の機嫌を直すには、コレが一番なのよね。
コーヒーブレイクも一段落した頃、有希子は話を切りだした。
「コレ聞いてみて」
とカセットテーププレイヤーのスイッチを入れた。
先程の会話が再生される。
『ちょっとポウヤ、いっまで話してるの?』
『あ、すみ───そ、それじゃそういう事で』
ここでテープを止める。
「決定打、よね」
「ああ」
と、優作も表情を曇らせた。
電話相手の声が一瞬、露骨なまでに変わっているのだ。オクターブ眺ね上がっている。
離れて暮らして いる息子の様子がおかしくなったのは、最近の事だった。
必ず自宅から行っていた連絡が、公衆電話からになった。
試しに自宅へかけてみると、いつも留守番電話なのである。
何となく気になって、録音した会話を調査にかけた。
そこで弾き出された結論は、常軌を逸していた。
『対象の音声は、明らかに合成された物。声紋から判別される肉声は
年齢・5、6歳の幼児のそれである』
まさか、と最初は信じていなかった。しかし、この高い声は確かに子供だ。
どこか懐かしい響きさえ感じる。
「学校もずっと無断欠席してるって言われたわ。一応、ゴマカしといたけど」
優作はじっと目を伏せていた。瞼を上げると、一言呟いた。
「決めた」
「え?」
「行ってみよう。日本へ」
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