≪SCENE 2≫


日本は冷えこんでいた。ニュースでは、この冬一番の寒さだと伝えていた。
半ば寄り添うように、二人は足早に進んでいた。

「ねぇ……」

「ん?」

「私たち、変な目で見られてるような気がするんだけど」

「まあな」

不安そうな有希子に、優作は無表情で相槌を打った。
もちろん優作も承知している。擦れ違う通行人という通行人が、みな奇異の
視線を向けてきている。 自宅へ近づくにつれて、その度合いは強まっている。

「ちょっと伺ってみるか」

「そうね」

顔は前へ向けたまま、小声で言う。そして二人は脇道へ曲がった。
彼らを尾けていた者は、戸惑いつつも続いた。
人一人しか通れない小路である。前方には夫の方の背中しか見えない。
道の出口へ辿り着いた時、優作は不意に振り返った。
後ろにいたのは、彼らの顔見知りの──近所の主婦だった。

「何か御用ですか?」

「ひっ」

悲鳴を発すると、きびすを返した。しかし。

「どーも」
と、妻の方が破顔する。挟み撃ちである。

「あ、あ、あ」

「落ち着いて下さい、奥さん。どうしてそんなに怖がるんです?」

「い、いえ……ただ、元気でいらしたんだなと思って」

「ええ、そりゃ元気ですけど、本当にそれだけですか?」

問われた相手は、まともに顔色を変えてから、

「実は──私は信してませんでしたけど──お宅に変な噂が流れてましてね……」





「あったま来ちゃう! 何が幽霊屋敷よ! 失礼ったらないわ」

有希子は歩きながら憤慨していた。しかしそれも当然だった。
一家全員が惨殺されただの、人魂が庭を飛び交うだの、
迷い犬が翌朝骨で見つかっただの、ろくでもない噂が町を席巻していたのだ。

「ちゃんとウチには新ちゃんが住んでるじゃない。
あの子もあの子よ、そんなバカな噂放ったらかして」

「でも、アイツも住んでなかったとしたら?」

「え?」

「見ろ」

門を開けた優作は、敷石から芝生へ下りた。見回して、

「この荒れ具合、とても人のいる家じゃないぞ」

「ええ……」

優作は裏手へ歩いた。有希子も続いた。
壁の端の二つ、庭の隅の一つ。計三つのメーターを、彼らは確認した。

「間違いない。電気・ガス・水道、どれも全く使われてない。この家は無人だ」

「そんな……やっぱり何かあったんじゃ」

「落ち着け。念のためだ、中も調べよう」

取りあえず荷物を自室に置いた。それから部屋を回った。だが不審は消えなかった。
やはり動いていない電化製品。捲るのを忘れられたカレンダー。
電池の切れた時計。食料のないキッチン。
何より桟や棚に積もった挨は、少なくとも潔癖症気味の人間が
生活できる場所の物ではなかった。
優作は指に付いた汚れを擬視していた。ふと我に返って、

「そうだ───まさか!」

と叫ぶや否や、駆けだした。
有希子は慌てて、

「ど、どうしたの?」

相手は答えない。
優作は一目散に書斎へ入り、棚の一つの前に立った。
戸には「開放禁止」とラベルが貼られている。
優作は錠を外した。戸を開けた。
追いついた有希子は、目を点にした。
引き戸を開けたポーズのまま、優作は固まっていた。
床には新聞紙やバインダーが散乱していた。
そして今も棚から床へ一つずつ、一つずつ書類が滑り落ちていた。

「アイツ……『ココは触るな』ってあれほど言っといたのに……
『資料の管理には責任を持て』って……なのに……」

「は?」

「許さん……許さんぞ……例えドコにいようと必ず引きずり出してやる……見てろ……」

口調こそ淡々としているが、本音は煮えくりかえっている。
相手の気迫に、有希子は思わずたじろいだ。
……優作さんが、壊れた……。





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