≪SCENE 2≫


「だから、やめた方がいいって。絶対」

門の前で立ち止まったコナンは、クラスメイト達に最後の抵抗を試みていた。

「この前の事件が事件だ。今度は何が出てくるか。
ひょっとしたら死体とか殺人鬼とかがいるかもしれないよ?」

天地が引っくり返ってもあり得ない話をまくしたてる。それに対して、

「心配要りませんよ。同じ事件が続けて起こるなんて、確率的にもまずありませんから」

「そうだそうだ。何かあってもオレがやっつけてやるって」

「もしもの時は、隣の阿笠博士が助けてくれるよ」

自信たっぷりに言う円谷光彦、小嶋元太、吉田歩美。

「イヤ、そりゃそうなんだけど、その」

「ホラどけよ」

「あ」

コナンを押し退けて進んだ元太は、玄関のドアノプを握った。

「開かねーな」

「そうそう。秘密の入ロなんて物もないし、諦めた方が」

「平気だって。TVで見た事あるぜ。ドアってのは皆でぶつかりゃ開くんだ」

それは「破る」っていうんじゃないのか?

「ダメですよ、物事はもっとスマートにやらないと」

と、光彦は気障な口調で言って、

「ここはやっぱり、窓のガラスを切るとかして」

「……待て」

力ないコナンの声が、場を制した。

「オレが開ける」

「コナンくん?」

不思議そうな顔をする歩美の前で、コナンは懐から針金(鍵を出すわけには
いくまい)を出した。鍵穴に差しこみ、目を細めて操った。
ピンと微かな音が鳴った。
ノブを回すと、難なく開いた。

「スゲー!」

「カッコいい!」

「ドコで覚えたんですか、そんな事!?」

目を丸くする三人に、コナンは笑ってゴマカして、そして首を下に折った。
……何が悲しゅうて、自分の家のドアをこじ開けなきゃならんのだ?





工藤家の客の大半と同様、子供たちがまず興味をもったのは家主の書斎だった。

「わぁ、ホントに本ばっかり」

「ドイルにクイーン、横溝に松本……和書も洋書もありますね」

「オイオイ、マンガまであるぞ」

当然だ。古今東西硬軟、推理と名の付く物なら、何でも揃ってるんだから。
コナンが見守る中、あちこち歩き回った歩美は皆に手を振って、

「ねぇ、こっちにも棚があるよ」

「よし、今行く」

「あ、待った」

と、コナンが止めるのは間に合わなかった。彼らは隅の戸棚を見上げていた。
元太は引き戸を揺すぶって、

「おいコナン、コレも開けてみろよ」

「イヤ……コレは、その」

本音では「触るな」と怒鳴りたかった。
「開放禁止」とラベルが貼られた、この棚だけは絶対にダメなのだ。
ココには父が集めた、超が付くほど貴重な資料――スクラップ記事や
現地取材の結果が入っているのだ。
もっとも、正式なデータは全て、既にファイリングされている。
しかし、だからこそココは禁断の場所なのだ。

「開けらんねーのか? じゃあ、やっぱり皆で」

「あ、あ、大丈夫。開くよ」

壊されるよりはマシである。

「見てもつまんないと思うけどね」

ガラッと開けた。三人は中を覗きこんだ。

「……紙ばっかり」
見上げる歩美の言う通り、紙とバインダーの山だった。一見無秩序に
積まれているように見えるが、そのじつ緻密な計算がなされている。
ドコに何があるか、持ち主には分かる(らしい)のだ。
元太は無造作に、バインダーを一冊引き抜いた。光彦も倣った。

「スゲー。真っ茶色だぞ、コレ」

「英字新聞もありますね。何なんでしょう、この「ケイ・アイ・ディー」って」

「あ……」

紙の山が大きく前に傾いている。コナンの顔から色が抜ける。

「もういいだろ? 仕舞うぞ」

二人から奪い返した。運んで来たハシゴ(上の段の本を取るための物である)を
据えてのぼった。
コナンが頂上にバインダーを戻した時だった。
歩美はハシゴの下の床に、記事が一枚忘れられているのに気がついた。
彼女はしゃがんで腕を伸ばした。
そのヒジが――ハシゴを突いた。

「!」

突如バランスを失って、コナンは夢中で目の前の物にしがみ付いた。
無論それは、もともと不安定極まりなかった資料群である。
結局、コナンは落下した。歩美が悲鳴を上げた。
だがコナンには怪我はなかった。
幸か不幸か、外へ飛び散って積もった紙がクッションの役割をしたのだ。

「ご、ゴメン、コナンくん」

「……ハハハハハ……」

赤茶けた紙に埋もれたコナンの口から出る物は、乾ききった笑い。

「皆、コレ元通りに積み直してくれ。順番はどうでもいいから」

「うん」

形だけは元通りになった。だが見る者が見れば、一度崩れた事はすぐ分かるだろう。
気づかれたら、どんな仕打ちが待っているか――。
想像するのも、怖かった。





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