≪SCENE 3≫
数十分後、1階を調べ終わった子供たちはリビングで体を休ませていた。
「結構広いけど、たいした事ねーな」
「ねぇねぇ、わたし思ったんだけど」
と、歩美は他の者たちに向かって、
「ココ、ちゃんと掃除すれば秘密基地に使えるんじゃない?」
「そうそう、オレもソレを言おうと思ってたんだ」
と調子のいい事を言う元太。
「今度はホウキとか持って来ようよ」
「ウチ、ポータブルの掃除機ありますよ」
話が盛り上がるのに反比例して、コナンの表情が暗くなる。
予想した展開になってきた。やはりこれ以上、コイツらを居させるわけにはいかない。
コナンは敢えて陽気な声で皆に言った。
「ねぇ、どうせなら上の階も見てみようよ。面白い物が見つかるかもしれないよ?」
「それもそうだな」
それぞれ立ち上がった。
コナンは先陣を切って進んで行ったが、階段の途中で足を止めた。
「誰だ!?」
他の三人はギョッと立ち疎んだ。コナンがやにわに階上へ叫んだのだ。
「どうしたの、コナンくん?」
「今誰かが見てるような気がしたんだ。あっちから」
と上を指した。開け放たれたドアが、暗い廊下の先を半ば塞いでいる。
「ちょっと見て来る。皆はココで待ってて」
「何言ってんだよ。オレ達も」
「イヤ、ボクー人でいいよ」
後は頼むね、とやや芝居がかった言葉を吐いて、コナンは2階へ歩き、
ドアの向こうに姿を消した。
数十秒の空白。
「どうしたんでしょう?」
「さぁ……」
痺れを切らしだした頃、絹裂くような悲鳴が耳に届いた。
「コナンくん!?」
駆け上がろうとして、だが立ち止まった。会話が聞こえたのだ。
「ゴメンなさい、ゴメンなさい! 許して下さい」
『――謝りゃ済むと思ってんのか?』
氷のような、それでいて明らかに怒気のこもった声。そして、三人は息を飲んだ。
ドアの陰から現れたのは、スーツ姿の年上の少年。
口許に右手を伸ばしたポーズで、こちらを昂然と見下ろしていた。
……相当驚いてるな。思った通りだ。
ドア越しに階下を覗いて、コナンは独りほくそ笑み、手にする機械を見つめた。
先日、阿笠がコレのスイッチを入れた時は、コナンも絶叫して腰を抜かした。
「な――、お、お……オレ!?」
と指差す先にあるのは、傲然と自分を睨めつけている“本来の”自分の姿。
阿笠は声に出して笑って、
「焦らんでいい。ただの立体映像(ホログラフイ)だ」
「た、確かに」
触ろうとしても、手はスカッと通過する。
「いかんせん時間が足りなくてな、大きな動きはさせられん。人形みたいな物だ。
だから使う時はある程度、距離を置く事だ。照明も落とした方がいい」
「OK。助かるよ」
左手で映写機を、右手で変声機を構え、更に階下の様子を窺うのはなかなか辛い。
だが少しの辛抱だ。何より、やっと本音をぶつけられる。
『お前ら、一体何のつもりだ? ひとの家に勝手に上がりこみやがって』
「ご、ゴメンなさい」
「まさか、いると思わなくて……」
『少しくらいなら大目に見てやろうと思ったが、お前らの行為は許し難い。
よくも資料を崩してくれたな。いつまでも居座ろうとするし。迷惑なんだよ、ハッキリ言って』
「……」
押し黙って俯く三人。
『即刻ココを立ち去れ。そして二度と近づくな。さもないとこのガキと同じ目に遭うぞ』
歩美の目が見開かれた。
「そうだ! コナンくんは?」
『ああ、今オレのそばにいるよ。ちょいとお灸を据えてやったところさ。
今日のところはコイツだけで勘弁してやるから、ありがたく思うんだな。
ホラ、とっとと出てけ』
物言いが悪役然としてきている事に、本人は気づいていない。
階下の雰囲気が変わっていくのを、だからコナンは不思議に感じた。
意外な返事を最初にしたのは、歩美だった。
「イヤ」
『え?』
「おにいさんの家に入っちゃったのは謝ります。わたし達すぐ出て行さます。でも」
決然と顔を上げて、
「その前にコナンくん返して」
『な――』
元太と光彦も顔を見合わせて領いて、
「そうだ。叱るんなら、オレ達みんなを叱れよ。オレ達は逃げねーぞ」
「ええ。仲間を見捨てて行くなんて、人のする事じゃありません」
『……!』
なぜか、ぐらりと視界が揺れた。映写機を取り落としそうになった。
「さぁ、コナン返せよ。どうしても嫌だってならこっちから」
『あ、ま、待て。今返す。だから来るな』
慌てて姿勢を正し、映像を奥へ動かした。機械を止めて仕舞って、
「みんな!」
「コナンくん!」
転がるように駆け下りて来る相手を、三人は受け止めた。
「大丈夫でしたか、コナンくん?」
「あのにーちゃんに何されたんだ?」
「あ、ソレは」
目を泳がせて、
「実はね……」
「頼まれた? あの人に?」
「うん。お芝居に協力してくれ、ってね」
コナンは即興にシナリオを立てていた。あの住人はココに隠れ住んでいる事、
この事は誰にも秘密にしておいてほしい事、などを皆に告げた。
「けど明かりも点けねーで住んでるなんて変じゃねーか? まさか何かの犯人じゃ」
「そんな事ないって」
大声で否定して、皆を玄関まで押しやりつつ、
「さぁ帰ろう。また新一にいちゃんに怒られるよ?」
「新……?」
と、光彦は振り向いて、
「ちょっと待って下さい。ココって「えとう」さんじゃなくて『くどう』さん、なんですよね?
という事はまさか、あの人あの――工藤新一?」
光彦の言葉に、元太と歩美が顔色を変えた。
「そうか! どっかで見た顔だって思ったんだよ」
「あんな怖い顔、見た事ないから分かんなかった」
ならばもう一度顔を拝みたい――そう訴えて三人は、あっと言う間に2階へ駆ける。
「あ、ちょっと!」
いまさら失言を後悔しても遅かった。
「アレ?」
三人は茫然となった。2階には(当たり前ながら)人影はない。
「変ですね。窓には内側から全て鍵がかかってますし、コレは一種の密室ですよ」
全員で調べるが、収穫があるわけもない。疲れだした頃、歩美がポツリと言った。
「ねぇ、あの人ってホントにいたのかな」
「は?」
「やっぱり変だよ。急に現れて、急に消えて。
今考えると、何だか姿がボヤッとしてたような気もするし」
少し顔を引きつらせる男子二人に、歩美は青い顔で、
「それに第一あの人――まばたきしてなかった」
「!」
的確な指摘だった。
「そ、そんな。この科学時代に。話だってしたじゃありませんか、ポク達」
「でもそういえば、あのにーちゃん、最近ニュースでも見ねーよな」
「……」
無言になる子供たちの間を、冷たい風が吹き抜ける。そして。
「出たーっっ!!」
ユニゾンの悲鳴を上げて、血相を変えて飛び出して行った。
コナン独りだけが残った。――思考は完全に止まっていた。
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