カーニバル・イヴ

   混じり合いたる 三つの世界
   それら全ての融け合う夜
   勇者と戦士と道化との
   奇妙な宴の幕が開く
   大いなる 神々たちに 導かれ――





「――ああああーっっ!?」

張り裂けんばかりの絶叫と共に、黒羽快斗はベッドからはね起きた。
息が苦しい。動悸が激しい。喉はカラカラに渇いている。

「だ……大丈夫、だよな。ちゃんと、生きてる、よな、オレ……」

自分に言い聞かせるように問うてから、快斗は肩の力を抜いた。

「そっか、夢か。夢かよ、ハハハ……」

……畜生、マジで死んだかと思ったぜ。いきなり砲弾が飛んできて、それで……。

その後の事は、全く覚えてない。別に思い出したくもないが。

のろのろと寝床から抜け出した。部屋のカーテンを開けると、朝日が妙に眩しかった。
後ろを向いた。その目に留まった枕元の物を、快斗は恨めしそうに手に取った。

「やっぱ、こんなもん読むんじゃなかったぜ。ったく」





 話は約24時間前にさかのぼる。





≪SCENE 1≫


自分の席に着いてすぐ、快斗は声をかけられた。

「おっはよ、快斗」

「ん? ああ、青子か」

目線を上げると、例によって幼なじみ・中森青子の笑顔があった。

「遅くなってゴメンね。持って来てあげたわよ、例の物」

「ふぅん、サンキュ――って、『例の物』?」

「ちょっと待ってね」

せぇの、と青子が声を出した直後。



――どさっっ!



「あー、重かった」

「な……」

爽やかな顔の青子。呆然としている快斗。その理由は、快斗の机の上にあった。

丈夫な作りの紙袋。青子が机に置いた(と言うより放った)様子から見て、
相当な重さである事は間違いない。

「オイオイ青子、何だよコレ」

「ヤダ、忘れちゃったの?」

と、青子は咎めるような口調で、

「この前まんが貸してあげるって約束したじゃないの」

「そりゃ確かに言ったけどよ。何もこんな大量に持って来ねーでも」

「へへ、何たって全24巻だからね」

「ぜ――!?」

「じゃあ返すのはいつでもいいから。ゆっくり読んで」

と、青子は立ち去ろうとする。快斗は焦って、

「お、オイ待てよ」

「あっ、そうそう」

と、青子は思い出したように付け加えた。

「返す時は少しずつにしてね。一度に持って来られると、持って帰るのが大変だから」

……だったらてめーも少しずつ持って来んかい!

叫びが喉まで出かかったが、結局口にする事はなかった。
それより前に、青子は自分の席に行ってしまったのだ。今度は友人の桃井恵子と
喋って盛り上がっている。

「ったく、何考えてんだか」

小声で文句を言った時、含み笑いが耳に届いた。快斗は憮然と顔を向けた。

「何がおかしいんだよ、紅子」

「別に」

と、クラスメイト・小泉紅子は肩を竦めて、

「希代の大泥棒さんも、まんがなんて読むんですのね。ちょっと意外でしたわ」

「は?」

快斗は露骨に顔をしかめて、

「ホントに意味不明な事しか言わねー奴だな、おめーは。
第一オレが何を読もうと、そんな事オレの勝手だろ」

「ええ、そうね。でも」

机の紙袋を指差して、キッパリと紅子は言った。

「忠告させて頂くわ。その本は読まない方が良くってよ」

「!?」

「その本は、あなたに不幸をもたらすの。中森さんには悪いけど。
とにかく無事でいたいなら、その本だけは読んじゃダメよ」


数秒間の沈黙。


「あのなぁ」

と返す快斗の声には、苦笑が交じっていた。

「何を言うかと思えば……。バカ話も大概にしとけって。たかが本、
それもこんなまんが本なんかに、一体何が出来るっつーんだよ」

言って快斗は、本を1冊取り出した。ざっと頁を繰ってみる。別段、不審な所もない。

「ドコからどー見てもただの本だぜ、コレ?」

「……」

紅子はまだ何か言いたげな面持ちだったが、やがてため息を吐き出して、

「分かりましたわ。それならどうぞお好きになさって。その代わり」

「その代わり?」

「たとえ死んでも知りませんわよ」

「うげ」

快斗は喉を詰まらせた。





授業が終わって帰路についても、快斗の心は晴れなかった。
肩越しに背負っている紙袋は予想通り重かったし、紅子の「忠告」とやらも
気にならないと言えば嘘になる。それに何より。

快斗はピタリと足を止め、声音を低めて相手に問うた。

「オイ。おめー、いつまでひとの後に付いて来りゃ気が済むんだ?」

「別に付いて来てなんていませんわ」

数歩後ろに続く紅子は、しれっとした顔で言い返す。

「たまたま進みたい方角が一緒なだけですから。どうぞお構いなく」

……おめーは構わなくてもオレは構うんだよ。

快斗は渋面で唇を噛んだ。
いっそ撒いてしまおうかとも思ったが、相手は仮にも紅子だ。生半可な手は通じない。
タイミングを計る必要があった。





……困りましたわね……。

紅子は歩きながら、改めて快斗の背中に目をやった。
一見は、何の変哲もない紙袋。だが紅子は知っている。アレは良くない物だ。
少なくとも、快斗にとっては良くない物なのだ。

もしも叶うなら、この場であの本を消してしまいたい。もちろん彼女が”本気”になれば
簡単な事だが、今更そんな真似をしても無意味だった。
けれど、このまま尾行していても埒が開かない。思案に暮れて、目を伏せた時。

「!」

紅子はハッと身構えた。
今一瞬、感じた気配。快斗のそれに限りなく近い存在感。
しかもその気配の主のそばにある物は、恐らく―― 。

考えている暇はなかった。紅子はきびすを返して駆け出した。

「ん? ――あ、紅子!?」

快斗が振り向いた時は、ほんの少し遅かった。紅子は路地の向こう側へと消えていた。





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