≪SCENE 3≫


今日は厄日だ。コナンはつくづく、そう思った。

「ったく、何だってこんな物貸してくれたんだよ」

スタンド照明の下、自室の布団の中で悪態をつく。枕元の本たちを睨みつけながら。
無論まんが自体には、何の文句もない。問題はその量だ。
帰り道では腕が壊れそうだったし、袋は破れるし、奇妙な少女に絡まれた(?)し。
そして最大の受難が、寝床で本を読みだした時だった。

昔からの癖なのだが、読み始めた本を途中で止めるという事が、
コナンにはどうしても出来ない。
一旦読み始めると一息に最後まで読んでしまう。でないと落ち着かないのだ。
それで結局、全巻読了した結果。

「参るよなぁ……」

完全に目が冴えてしまった。瞼を閉じても一向に眠くならない。
何度か寝返りを打ってみたが、無駄だった。

もう一度読み返そうかと考えた時、小さな音がした。
窓のカーテンの向こうから、ノックのような音が鳴ったのだ。
コナンは不審に思いつつも起き上がり、カーテンを開けた。
異常な光景が、コナンの前にあった。





「こんばんは」

「……」

コナンは完全に固まっていた。
窓ガラスの向こう側にいたのは、昼間の少女だった。
が、コナンが固まっている原因は、彼女の服装と姿勢だった。
過剰なまでに露出度の高い衣装。対して足下にまで届く大仰なマント。
蛇を模しているらしき装飾品。
例えるならば、古典的なヒロイックファンタジーに出てくる「魔法使い」そのままの
格好である。
そしてそんな姿の彼女は今、コナンと同じ目の高さに立っているのだ。
――空中で。

「……」

「また、会えましたわね」

固まったままのコナンに、穏やかな声で語りかける少女。
そんな彼女に対してコナンが取った行動は、極めて常識的な物だった。
コナンはゆっくりと、カーテンを元の位置に直した。

「やっぱり相当疲れてるな……ったく」

もう寝よう。そう決意して窓から離れた途端。

「!」

思いきりガラスを叩かれて、コナンは背筋を凍らせた。
恐る恐る窓に戻ってカーテンを開けると、少女は目を吊り上げてこちらを睨んでいた。

「こ・ん・ば・ん・は」

「…………こんばんは」

「最初からそう言えばいいのよ」

「あ、あの。何で」

「何でココに来たかって?」

ソレ以前に尋ねたい事は山ほどあるが、ソレも尋ねたい事ではある。

「そのワケは、あなたがその本を読んだから。だから来たの」

「は?」

「とにかく、少し付き合ってもらうわよ。今すぐこのビルの屋上まで来てくれる?」

「ちょ、ちょ……ちょっと待ってよ!」

やっとの事で、冷静な自分を取り戻す。

「おねえさんて、手品師か何かなの? 凄いね! でもボクもう寝なきゃいけないから。
お話だったらまた明日――」

「よしなさいよ」

と、少女はコナンを諌めた。

「そんな子供じみた喋り方。あなたには似合わなくてよ」

「!?」

「いいのよ、隠さなくて。あなたのその姿は幻のような物だって事、分かってるから」

「……どういう意味だ?」

「屋上に来てくれたら教えてあげる」

と、少女は謎めいた笑みを浮かべて言った。





着替えて外に出ると、夜の風が冷たかった。

「アラ良かった。来て下さったんですのね」

「『付き合って』って言ったのは、そっちでしょ?」

前方遠く――低い柵のそばに立つ少女に、コナンは硬い声で言い返した。

「ガラスを壊されたくはないし、それにおねえさんには聞きたい事もあるからね」

「ソレって、私が先程申した事かしら?」

「それもあるけれど」

と、コナンは言葉を選びつつ、

「昼間の事なんだけど。どうしておねえさんは、ボクが今この雑居ビルに住んでるって事を
知ってたのかな? 上の階だって事も分かってたみたいだけど」

「ああ、それなら簡単よ。コレに尋ねたの」

と、少女は右手を上げて何かを――中空から――取り出すような動きをした。

「!」

コナンは目を見開いた。少女の手の上に、透明な玉が現れたのだ。
少女は、手の玉をコナンに示して説明した。

「この水晶玉は、私の知りたい事を何でも教えてくれるのよ。あなたに関する事も全て。
だから、あなたが私を知らなくても、私はあなたを知ってるの。ずっと前からね」

「……」

「あなたの姿の事もそうよ。今もこの中に、あなたの本当の姿が映ってるわ」

「……」

「歳は私と同じくらい、背は私より少し高いかな。それから……」

「あのさ、おねえさん」

我慢しきれず、コナンは少女の話に口を挟んだ。

「もうやめてよ。さっきからワケの分かんない事ばっかり言って。
誰が何と言おうと、ボクはただの小学生だよ」

笑顔で肩を竦めてみせるコナン。その態度は、既に子供のそれに戻っている。
さきほど窓越しに話した時は、もしや自分を狙う刺客ではと身構えたが、どうやら彼女は
その類ではなさそうだ。もしも例の組織の人間なら、こんな回りくどい話などしない。
問答無用で殺しにやって来るはずだ。
それにココの事務所の主は、一応有名人。コナンがココに住んでいる事などを
彼女が把握していても、決して不自然ではない。

結論。この少女は怪し気だが、無害である。

「おねえさんが手品師なのは分かったからさ。もういいでしょ? 続きはまた明日ね」

「手品……ねぇ」

と、少女はなぜか眉根を寄せて、

「コレを見てもそんなこと言えるかしら?」

そう言ってからの少女の動きは素早かった。
再び右手を振って水晶玉を消し去り、その人差し指をコナンの顔へ突きつける。
指先が放電するように輝いて――。

コナンの顔から黒縁眼鏡が吹っ飛んだのは、それとほぼ同時の事だった。
蝶番を砕かれた眼鏡は、無残に落ちて転がった。

「な……」

「どう、驚いた?」

愕然としているコナンに、少女はクスクス笑ってみせて、

「ねぇ。もう少し近くでお話ししません? こちらにいらして下さいな」

「嫌だ、って言ったら?」

「次は当てます」

と、少女はコナンの胸を指差した。
コナンは、素直に歩を進めた。歩きながら、こっそり腕時計のスイッチをONにする。
どんな原理の武器であっても、不意打ちだったらこちらが有利。
麻酔銃で眠らせてしまえば、チェックメイトだ。

しかしコナンが数メートルほど歩いた頃、少女は意外な行動に出た。
コナンに突きつけていた指を、下げたのだ。

「え?」

「もういいわ。その位置まで来てくれれば充分よ。これであなたは――逃げられない」

半眼を伏せて、指を鳴らした。
不意にコナンの足下が明るくなった。コンクリートの上に、
紅いラインが引かれているのが分かった。
正円と六芒星と奇妙な記号とが組み合わさった枠の中央に、今コナンは立っていた。

「こ、コレは?」

と問いながらも、答えは分かっていた。魔術に用いる「魔法陣」だ。

「あなたはもう、その中から絶対に逃げられないわ。絶対に」

「何を――」

バカな事を、とコナンは言おうとしたが、ソレは叶わなかった。
ラインを踏むと同時に激しいショックに貫かれ、たまらずその場にくずおれる。
何とか起きる事は出来たものの、ちょうど感電したような痺れが全身に走っていた。

「だから申し上げましたのに。『逃げられない』ってね」

肩で息をしているコナンに、少女は淡々と言葉を紡ぐ。

「断っとくけど、本番はこれからよ」

右手を夜空に高く掲げ、小さな声で呪文を唱える。その指先がまたも輝く。

「!!」

合図と共に指を鳴らす。その瞬間、コナンは自分の目を疑った。
火柱が上がったのだ。足下から。魔法陣全体から。
視界が全て真紅に染まる。全身が炎にくるまれる。灼熱が突き刺さってくる。

「さぁ、私に見せてちょうだい。――彼と同じ魂をもつ、あなたの実力を!」





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