≪SCENE 5≫


「コナンくん。――コナンくん!」

「あ……」

自分を呼ぶ声に、コナンは目を覚ました。首を動かすと、愛すべき幼なじみにして
現在の保護者――毛利蘭の呆れたような顔が近くにあった。

「いつまで寝てるの? 今日、歩美ちゃん達とお出掛けするんでしょ?」

「あ、うん。ゴメンなさい」

枕元の眼鏡を顔に乗せ、布団から抜け出した。身の回りを整えてから部屋を出ようとして、
そこでコナンは動きを止めた。
ふと何かを忘れているような気がしたのだ。とても重要な事を、何か。
振り返る。余計な物の置かれてない、やや殺風景な空間。別に変わった物などない。

「気のせい……かな」

独り呟いて、コナンは部屋から外へ出た。





「おーいコナン!」

「こっちです!」

「コナンくん!」

「へぇ、お前ら早いな」

待ち合わせ場所にいた見知った顔に、コナンは苦笑しつつ駆け寄った。

「当然ですよ。何たって今日は、待ちに待ったゲームの発売日なんですから」

「そうそう、やっと今日手に入るんだもんな」

「わたし、昨夜はドキドキして眠れなかった」

弾んだ声で盛り上がる、円谷光彦・小嶋元太・吉田歩美の三人組。
いつもと全く変わらない光景。だが、なぜかコナンは気になった。
何かが違う。微妙に。しかし確実に。――でも何が?

「……コナンくん! 何ボーッとしてるんですか?」

「え?」

我に返って前を見ると、仲間たちはかなり先に進んでしまっていた。

「置いてっちまうぞ!」

「早くおいでよ!」

「あ……おう!」

コナンは急いで後を追った。





コレとほぼ同時刻。町外れのとある店で、二人の人間が会話を交わしていた。

「今回の資料は、これで全部です」

「ああ、サンキュ。ジイちゃん」

と、快斗は紙の束をカウンター越しに受け取った。ペラペラと捲りながら、

「ええと、コレが屋敷の見取り図で、これが家族構成だろ? それから……ああコレ」

標的の写った、小さな写真を指で弾く。

「しかしジイちゃんも意外とやるな。都内の剣道家がこんな宝刀を持ってるなんて情報、
一体ドコから手に入れてきたんだよ」

「ハイ?」

と、相手は呆気に取られたたような顔をして、

「何をおっしゃいますか。この情報の出所は、ぼっちゃまの方でございましょうに」

「はぁ?」

快斗も相手と同じ表情になった。写真を見直し、首を傾げて、

「そう……だったかなぁ」

「イヤ、申し訳ございません。恐らく私が仕入れた情報なのでございましょう。
ぼっちゃまの御記憶は、私の物より遥かに正確でございますから。
ソレを忘れてぼっちゃまに意見してしまうとは、何とも……」

「ああ、いいっていいって。どっちの物でも。要は成功すりゃいいんだからよ」

と、快斗は慌てて手を振った。席を立って、

「じゃ、オレもう行くから。明日の朝刊、楽しみにしてな」

「ハイ。御武運のほど、お祈りしております」





「でもホント、どっから出た話なんだろ」

店を出て歩きながら、快斗は独りごちた。
ワケあって泥棒家業(!)の道を進んでいる快斗は、今の店の主――寺井黄之助と
何度か「仕事」の話をしているが、こんな奇妙な事は初めてだった。
自慢ではないが、確かに快斗は自分の記憶力に自信がある。断じて今回のヤマは
こちらが言い出した物ではない。
しかし寺井の方も年配とは言え、まだまだ現役だ。彼が物忘れするなどという事は、
快斗には想像できなかった。

ならば、結局は……?

快斗は歩みを止めた。暫く足下を見つめてから、空を見上げた。

「まぁいいか、別に」

探偵でもあるまいに、些細な事を悩んでも仕方ない。それより今は「仕事」が大事だ。
快斗は、再び歩きだした。







かくして、カーニバルの幕は上がった。


〈了〉





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