Distance

≪SCENE 1≫


「なぁ……まだ動いちゃダメなのか? もう勘弁してくれよ」

「ダメダメ! 後ちょっとなんだから我慢して……あ、もう少し右」

今日も今日とて、いつかどこかでしたような、そんな会話をしてる場所は、高校の図書室。
他ならぬオレ・黒羽快斗に手足を突かせて踏み台がわりにしてるのは、
例によって我が幼なじみの腐れ縁・中森青子。

ガキの頃ならともかく、高2になってこんな役目をやらされるのは正直キツイ。
っていうか。何だってオレ、コイツの下敷きになんか、やらなきゃいけねーんだろ。
それも、こうやって、わきゃわきゃ文句言われながらさぁ……。

オレに不満があるなら、その辺の椅子でも使えばいいじゃんか。普通。
大体、たかが棚の上の方にある本1冊を取るためだけに、
いったい何分かかってるんだよコイツは。
両手足を突いてのこの体勢、もうとっくに腰が痛いんですけど?
ああもう、顔あげるのも何だかヤバくなってきたし。

そうだよ、そもそも最初に断れないのがマズイんだ。
こんな風に、いつまでも乗っかられ続けていいのかオレ。
そうだ、立て、今日こそ立つんだ黒羽快斗!
言うぞ、今言うぞ、ホラ言うぞ!

そう決めて、思いきって口を開いた。

「オイ青子。おめー、もういい加減に――」

「――わーっっ!!」

オレの決死の抗議は、当の青子の声にかき消された。

「仲がいいね。相変わらず」

と、蜂蜜を煮つめたような甘ったるい声が、オレの後ろから聞こえてくる。
青子は弾んだ声で、

「ビックリした! どうしたの? すっごい久しぶりじゃない!」

言いながら飛び跳ねてる。人の上で。
痛い。
どうやら、誰かが図書室に入って来てるらしい事、そいつに青子がハシャいでるらしい事は
分かるけど。
何て言っても、踏み台扱いになってるこの姿勢のせいで、状況は全然分からない。

青子の声が続いた。

「だって、ずっとイギリスに居たんでしょ?
あ、もしかして、またココに通える事になったとか?」

対して相手は、

「ああ……そうだったら、僕も嬉しいんだけど。今日は、ちょっとした手続きでね。
それでこうして、日本に戻って来たんだ」

「ふぅん……」

どーでもいいけど。二人だけで盛り上がってる一方、オレの方は見事なまでに
置いてけぼりの今の状態。
そんなオレの気持ちを知ってるのかどうか、青子の話相手は、ひとしきり話をした後、

「オヤ、もうこんな時刻か。君たちも急いだ方が良いよ。予鈴が近い」

「あっ、ホントだ! じゃ、また後でね」

「そうだね。僕も、そろそろ失礼するよ。――あ、そうそう」

思い出したように、付け加えられる一言。

「君の足の下に敷かれている彼にも、せいぜいヨロシク」

余計なお世話だ!

「――あー、ほんとビックリした」

やっとこさオレの背中から下りた青子は、立ち上がったオレに振り向くと、
今更ながら尋ねてきた。

「あ、そうだ快斗。今何か言わなかった?」

「ああ……いいよ、別に。もう」





あの謎の話相手は、図書室で会ったきりだった。
昼休みの今になっても、まだ教室には姿は見えない。
もっとも、オレの方は会いたいとも思わねーけど。

あの相手が何者なのかって事も、本当はとっくに分かってる。
白馬探。
17歳の高校2年生にして、データを駆使するロンドン帰りの名探偵にして、
そのうえ警視庁警視総監の息子なんつー、トンデモナイ肩書を抱えてる男。
もっとも、このオレも17歳の高校2年生にして、今は亡き天才マジシャン・黒羽盗一の
息子にして、2代目怪盗キッドなんて名乗ってるわけだから、いい勝負なんだけど。

とにかく一つ言えるのは、オレはアイツが苦手だって事。
出会った最初の頃からオレの正体を疑い、調べ上げ、結構きわどい所まで
迫ってきたのだ。
まぁ、あの時は、別の方面から助けがあって何とかなったけど。

そうやって手こずらされた厄介な奴が、日本に戻って来た。
どうせロクな理由じゃないだろう。特に、このオレにとっては。

せいぜい、警戒しとかなきゃいけねーよな……。
そんな事を考えながら、自分の席で伏せって寝ていたオレの前に、
1枚の紙切れが差し出された。

何だ……?
体を起こして、紙切れを手に取る。
大きさは、葉書くらい。空欄が沢山ある。
その空欄のそばには、「name」「address」「phone」などなど色々小さな文字。
要するに、アドレス帳の1ページだ。この紙は。

「じゃあ快斗、後で集めるから、ちゃんと書いといてね。ソレ」

「ハイ?」

顔を上げると、紙の束を持った青子が、別の席に歩いて行くところだった。
他のクラスメイト達にも、同じような事を言って、紙をバラ撒いていっている。

やれやれ……色んな意味で疲れきっているトコに、何の用かと思えば。
皆の連絡先を集めたいなら、携帯電話に登録でもすれば事足りるだろうに。
大体この個人情報保護のご時世に、一体こんな物どーすんだよ?と尋ねようと思った時。

「黒羽くん」

来た。今一番、聞きたくない声が。
仕方なく顔を向けると、背の高い白馬の姿が目に入った。

「寝ているところをすまないが……話す時間はあるかな」

「ないって言ったらどーすんだ?」

「わざわざ答えさせる気かい?」

……ごもっとも。





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