≪SCENE 3≫


「これはこれは、探偵くん……何とも、お久しぶりですね」

「な……!?」

「待った」

思わず振り返ろうとする白馬を、オレは制した。

「そのまま、どうかお動きにならず、聞いて頂きたい。
――私の申し上げたい意味は、お分かりになりますよね」

「……」

「本来ならば予告状を携えるところを、かくも突然の訪問となってしまいました事、
まずは心よりお詫びさせて頂きます」

独り悠然と頭を下げつつ言うオレの声音は、我ながら違っている。
世間の人たちが、ニュースで耳にしている声。
天下の大泥棒・怪盗キッドとして振る舞っている時の声。
その声で、オレは白馬に語り始めた。

「何はともあれ。君には、この言葉を差し上げましょう。『おめでとう』と」

「……」

「よくぞ、かつて私の出した宿題を、終わらせたものですね。
私がなぜ盗むのか、何故に怪盗として生き続けるのか。
その答えの一つを、君は手に入れた。
素晴らしい事です。ですが、残念ながら君は、一つ大きなミスをしました」

「ミス?」

「ええ」

こっくりと頷いてから、今の白馬には見えないんだと気づいて苦笑する。

「そもそも君が、あのデータとやらを手に入れたのは、いったい何のためでした?
君が私の事情について調べ上げたのは、いったい何のためでした?
私に情けをかけるためですか? 私に同情するためですか?」

「それは……」

「君の目的はあくまでも、私を追いつめ、見事その手に捕らえる事だったはず。
他の誰も関係ない、“今”“ここ”にいる私をね」

「……」

「私は怪盗、君は探偵。
この互いの立場を、横たわる距離を、ゆめゆめ忘れてはなりません。
私の事情は私の事情。君が気に病む事はない。
是非とも君には心置きなく、私を追い続けてもらいたい。
にも関わらず、その距離を踏み越えてしまいかねないというならば。
そのような無粋なデータなど、消えてしまった方が良い」

そうは、思いませんか?

最後の台詞には、ちょっとだけ笑い声を添えた。
そう。そうなんだよ。
18年前? フランスのパリ?
ソレって要は、おやじの方の都合って事だよな?
そりゃ知りたいさ、オレだって。それこそ、喉から手が出るほどに。

けどさ。関係ねーよ、そんなもん。
“今”“ここ”で、おめーと勝負する事とは何にも……な。

「そうか……そうだな」

と返す白馬の声には、少し覇気が戻ってきていた。

「僕とした事が。
どうやら、情報を扱う僕自身が、情報に惑わされてしまったようだ。
そもそもあのデータ……よく考えてみれば、政治的工作が加えられている可能性も
十二分にあり得るだろうしな。
こうなったら、最初から徹底的に再調査だ」

「ですが、君の持ちかけたお話自体は、誠に興味深い物でしたよ?
いずれ私自ら手に入れるため、かの国にも参上いたしましょう。
無論、正式に予告状をお送りしました上で」

「フッ……残念ながら、その予告状は恐らく出せまい。
それより前に、僕が君を白日の下にさらしてみせるのだから」

「さあ、それはどうでしょう?」

「フッ、フフッ……」

「ハハハハハ……」

ずっと生真面目に話し続けてたオレ達だけど、とうとうバカバカしくなってきて。
終いには二人揃って、オレ達は爆笑していた。

「フフフフフフフッ!」

「あははははははッ!」

「――あーッ!!」

って。何だ何だ一体。
男同士、水入らずの場に唐突に、きゃいきゃいきゃいと超音波。

「もう、二人ともこんなトコにいたのね! 青子、ずっと探してたんだから」

やれやれ……。
ちょいと寂しいが、怪盗様と名探偵との会話劇は、青子の乱入でお開きになった。
今までオレ達が何を話してたか、まるで知らない青子は、
とことことオレの所に歩いて来て、

「ねぇ快斗。さっき渡したサイン帳、もう書いた?」

「サイン帳?」

ああ……あのワケ分かんねー紙切れか。
それにしても。

「あのよ、青子。先に訊いときたいんだけど。確かおめー、オレの電話番号とか、
もう知ってるよな? なのに何で今更、こんな物集めなきゃいけねーんだ?」

「え? 何言ってるの?」

きょとんとした顔になる青子。

「青子が使うわけないじゃない。もちろん――」

と、そこで白馬に目を向けて、あっさり言った。

「白馬くんにあげるに決まってるでしょ?」


――うげげ!?


「だって、白馬くんがイギリスに帰る時のお土産にしてもらうんだもん。
まだなら早く書いてよね。もう他の皆は書き終わってて、後は快斗だけなんだから。
最低でも携帯電話の番号はお願いね。後それから……」

などと青子は、オレに矢継ぎ早にオレに命令してくる。

げっそりとした顔のオレ。複雑な笑みを浮かべている白馬。

だってさ。まさか、いくら何でも。よりにもよってこのオレ自身が、
わざわざコイツに連絡先を打ち明けてやる事になるなんて。
何たる屈辱。

……こんな情けない事になるんなら、やっぱりあのディスク、
素直に頂いちまった方が良かったかなぁ……ったくもう。


〈了〉





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