≪SCENE 2≫


発端は、お決まりのパターンだった。
その日も紅子は、昔から馴染みになっている水晶玉と会話していた。

この「会話」という単語を、一般人なら比喩的な意味だと考えるだろう。
だが、真相は全然違う。彼女は本当に字義通り、「会話」しているのだ。
ごく当たり前に、日本語で。

「さぁ。魔法の玉よ、答えなさい。この世界で一番美しいのは、誰?」

『ソレは紅子様、あなたでございます』

どこか機械による合成音を連想させる声で、中空に浮いている相手は紅子に答える。

『本来の紅子様ならば、世界中の男どもは全てあなたの虜。
ただし、黒羽快斗――即ち、怪盗キッドを除いては』

「って、そのような言い方も飽きましたわね」

と、紅子は小さく息を吐き出した。

「もっと他に良い言い回し、有りませんかしら。もう少し洗練されたレトリックとか」

『そないな事申されましても。あたしゃ紅子様の一番お気に入りのフレーズを
選んどるつもりなんですけどなぁ』

「大体どうしてあなた、そんな変なアクセントなのよ。
イントネーションが普通と完全に逆よ、逆」

『アホ言わんといて下さいな、紅子様。関西弁かて、立派な日本語でっせ。
あたしゃ大阪とかに置かれてた時期が長いですで、
この話し方が楽なんですわ。少なくとも日本語では。
それとも、外国語遣います? 英語・仏語・独語、ほんでから』

「分かった、分かったわ。無理しなくて良くってよ」

苦笑する紅子。彼女が他の誰にも見せる事のない、屈託のない表情だった。

「ところで。黒羽くん――怪盗キッドでもいいけど――彼に何か変化は無い? 
例えば、捕まるとか死ぬとか」

『て、紅子様もエグイ事サラリと言わはりますなぁ。でも、その』

「有るのね? 何? 隠さずに言いなさい」

水晶玉は、予め何でも知っている。ソレが彼らの不文律だ。

『せやけど、なんぼ何でもコレはムチャクチャですわ。あたしでも理解不能です。
まず黒羽快斗は都内の或る屋敷に忍びこんで、ほんで……』





「はぁー?」

水晶玉の論を聞き終えた紅子の第一声は、コレだった。

「ちょ、ちょっとお待ちなさいよ。何がどうしてどうしたら、この国が征服なんてされるのよ。
しかも鬼? 私たちが生きてるココは、昔話じゃなくってよ。
その上、月からウサギが攻めて来る? それからこの国が沈没しそうになる? 
挙げ句の果てに、日本列島が魔物に化ける? あのねぇ」

と、紅子は額に手を当てて、睨むような顔で問うた。

「あなた、いつから三文小説の作者になったのよ?」

『せやから紅子様には、言いたぁなかったんですわ』

と、水晶玉は赤面して(実際、僅かに赤くなったのだ)、紅子に言い返した。

『この通り、こないケッタイな話どーせ信じてもらえませんやろて思いましたさかい。
けどコレはホンマの未来です。要するに、この度はどーにも異質な世界が
混じろうとしとるっちゅう事なんですわ。呪われてます、その本のせいで』

「その、世界が混じる……っていうのが、今一つピンと来ないんですのよね。私は」

『そら理解でけたら大変ですわ。互いに異なる世界たちが混じり合うその決定的瞬間を、
つぶさに確認でけるお人なんぞ居てまへん。この世界の中に居る限り、アカンわけです。
三次元の人間が、四次元の領域を知る事が出来ひんのと同じです』

「ああ……またその話? クラインの壺を作り上げる方法とかの」

幼い頃から何度も聞いたため、紅子もすっかり覚えてしまった。

『それにしても、コレは由々しき事態でおますわ。
ただでさえ黒羽快斗は、この前あの二つの身体をもつ探偵はんと関わりすぎて、
ヤヤコシイ事になったばかりですのになぁ。
鬼がどーこー言う以前に、今度こそ黒羽快斗は綺麗サッパリ消えまっせ、死にまっせ。
このまま話が進んだら』

「避ける方法は?」

『有りまへん。て、言いたいトコですけど』

「何?」

『あたしに聞かんでも、紅子様ならとっくの昔に分かってると違いまっか?』

「……」

水晶玉は、どんな事でも知っている。ソレが不文律。

『使うしか無い、思うてますでしょ? あの呪文を。不可能を可能になさる、
あの方をお呼びするつもりなんでございましょ、紅子様は?』

「まぁね」

と、紅子は正直に認めた。

「ソレしか方法がない以上、行うまでよ。もう一度だけ、発動させるわ」

『イヤ、ソレ自体は別にええんですけど』

と、水晶玉はかぶりを振りながら(繰り返すが、実際に左右に動いているのだ)、

『ホンマの事言いますとな。紅子様の知ってはるあの呪文は、完全な物とちゃいます。
まだ不完全なんです』

「!?」

『もっとも、だからこそ、あん時は制御でけたとも言えるんですけど。ですから紅子様の
望みを完璧に叶えるには、もう少しだけあの方の事を知る必要があります』

「そうなの……」

言われて、紅子は何となく背筋が寒くなるのを感じた。

今自分は、とんでもない事を行おうとしている。その実感が、遅れて湧いてきたのだ。

『紅子様が、いつドコへ行くべきか。ソレは、あの邪神ルシュファーはんにでも
聞いて下さい。詳しい予言でしたら、あっちの神さんの方がお得意ですから。
ほな、あんじょう、よろしゅうに』






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