偽りの名探偵

≪序幕≫



オレの操るハンググライダーは、警戒に夜空を走って行く。
眼下を見やった。パトカーの大群が、サイレンを鳴らして道路に連なっている。
後ろの空には、ヘリコプターの団体さんまで来てたりする。

毎度の事ながら、アレが全部オレ目当てだという事には驚かされる。ドコからあんなに
大量に集めてくるんだろう。もしも他で事件があったら、一体どうする気なんだか。

そんなバカな事を思ったのが悪かったのか。ハンググライダーの速度が急に落ちてきた。
理由は簡単。風向きが変わってきたのだ。
ハンググライダーで飛ぶ時は、軽い向かい風が理想的とされる。
要するに、風上に向かって飛ぶってわけだ。

ひとまず休息しようと、オレは目に付いた高層マンションへ旋回した。
物干し竿にぶつからないよう注意しつつ、ベランダの手すりに着地して息をつく。

だが、安心する暇は無かった。部屋の中から音がする。どうやら起こしちまったようだ。
背中越しに、サッシの開く音が聞こえた。気配を感じる。

オレは、後ろを向いてみた。

女の子、だった。
歳は小学生くらいだろう。切り揃えた黒い髪を揺らし、その子はオレを見上げていた。
女の子が、口を開いた。

「あなた誰? ドラキュラさん?」

……は?

理解するまでに時間がかかった。そういや今日、何かTVでやってたような……。

それにしても、ドラキュラ――吸血鬼とは恐れ入ったね。確かにスーツ・マント・シルクハット
姿なんてのは見慣れないかもしれないが、こんな白ずくめの吸血鬼がいたら、
オレが拝んでみたいもんだ。

「イヤ……」

と、オレはかぶりを振って手すりから下りた。女の子に、目線を合わせてひざまずき、

「飛ぶ続けるのに疲れて羽を休めていた、ただの魔法使いです。お嬢さん」

女の子の手を取って口づける。ウィンク一つ。
その子の警戒を解くには、それで充分だった。

だが、穏やかなひとときは唐突に終わった。ヘリコプターの無粋なライトと爆音が、
オレ達を強く突き刺した。パトカーも続々とマンションに集まって来た。

「居たぞ! 奴だ! 怪盗キッドを捕まえろ!」

近所迷惑かえりみず、下から大声を振り絞ってる我が宿敵・中森警部。

「じゃあな、お嬢さん」

オレはシルクハットを被り直した。手すりを越えて宙に舞った。

女の子が誰かに似てるな、とオレが何となく思ったのは、家路に着いた後の事だった。





翌朝。穏やかな声と共に、オレは揺り起こされた。

「快斗、快斗。休みだからっていつまでも寝てないの。朝よ」

「ん……」

寝惚けた頭で、ベッドのそばの時計を取る。

「何だ、まだこんな時間じゃねーか。昨夜は仕事で遅かったんだから、もう少し……」

「仕事?」

「!!」

自分で言った台詞で、オレは弾かれたように飛び起きた。恐る恐る、首を動かした。
オレの横の相手――おふくろは、しかしいつも通りの優しい笑顔で、

「おはよ」

「お……おはよ」

「ハイ、今朝の朝刊。支度したら下りてらっしゃいね。朝御飯片づかないから」

「はぁ」

おふくろは軽い足取りで部屋を出て、階段を下りて行った。

やっぱり只者じゃねーんだよなぁ、あの人も……。

気を取り直して、オレは渡された新聞を広げた。
昨日の成果を朝刊で確認するというのは、オレにとって最高のひととき……で?

「なぁにーっ!?」

思わず声が裏返っちまったが、そんなこと気にしてる場合じゃない。
オレはベッドから飛び出そうとした――までは良かったのだが。

「快斗!?」

派手な物音におふくろが駆けこんで来た。おふくろは無言で立ちつくしてから、

「お願い、快斗。床の上で寝るのだけは、ちょっとやめてくれない?」

直に見えなくても、おふくろが呆れ返っているのは声だけで分かった。

でもオレの気持ちも察して欲しい。見てくれよ、今朝のトップ記事の大見出し。



眠りの小五郎 またもお手柄



何も同じ日にやらなくてもいいじゃねーかよ、ったくもう……。





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