≪ACT 2   出発≫




――ふわわ。


「どうしたのよ、快斗? 朝からそんなアクビばっかりして。ねぇってば!」


ああうるさい。


オレは眠気を追い出そうと頭を振った。

今日は8月22日。そう、オレの予告日当日だ。
オレ達は昨日21日の時点で、新大阪駅に着いていた。
今回の旅の目的は、もちろん仕事。青子を誘ったのは、そのカムフラージュだ。
だがそんなオレの思惑など青子が知るはずもなく、昨日は散々だった。
昼は昼で観光へ引き回され、夜は夜で仕事の準備に追い立てられ……。

結論を言う。昨夜オレは一睡もしてない。ホントに寝てない。



――ふわわわ。



「快斗ぉ!」

分かった、分かったから。超音波で喚くな。





目当ての場所に着くや否や、青子は全速力で駆け出した。

「ホラ快斗、こっちこっち」

境内で大きく手を振ってみせる。まるで遠足の小学生だ。オレはやっと追いついて、

「オイオイ、一体何だってんだよ? この神社が」

「ココのおみくじ、地元の人たちじゃ有名なんだって。結構当たるらしいのよ」

嬉々として、持っている雑誌を広げてみせる。
不本意ながらも青子の次に引いて、開いた。13番。小吉。
青子は首を伸ばして覗いてきてから、笑顔で言った。

「勝った」

と見せる青子自身のおみくじは――大吉。

「おめーなぁ、コレはそういう意味の物じゃねーだろが」

「分かってるわよ。ええと、『待ち人来る』か。コレ、お父さんがキッドを捕まえられるって
事よね。きっと」

脳天気な奴。

「オレのも、『待ち人来る」か。――!?」

病気、商い、試験……色々書かれている中で、目を引いた一文。



   旅行――女難水難の相あり。やめましょう。



……あの、「やめましょう」も何も、もう旅行には来ちまってるんですけど……。

「どうしたの、快斗? 顔青くない?」

「え? イヤ別に」

と言ってゴマカして、オレはおみくじを木の枝に結び付けた。





「お父さん♪」

「どうも」

「おお二人とも、よく来たな」

部屋に着くと、中森警部が直々に出迎えてくれた。
廊下を見れば、背広姿の人たちが忙しそうに歩いているのが目に映る。
今オレ達が来ているのは、大阪府警本部の一室。一般人では、まず拝めない場所だ。
しかし青子が一緒なら話は別だ。コイツがいれば警察関係は基本的に顔パス。青子を
旅行に誘った最大の理由は、実はコレだったりする。

「もしかして今、仕事中でした?」

「イヤ、今終わったところだ。関係者に事情を伺ってたんだが」

部屋の奥に入ると、テーブルを囲む形で数人が座っているのが見えた。

「そうだ、一応紹介しておこうか」

と、中森警部は面々に手を向けて、

「こちらはロシア大使館の一等書記官、セルゲイ=オフチンニコフさん」

「ヨロシク」

年の頃は40くらいか。大きな体、淡い色の髪が目に留まる。

「その隣が、美術商の乾将一さん」

無言で会釈する、40半ば程の男。小狡そうな顔に見えるのは気のせいだろうか。

「彼女はロマノフ王朝研究家の浦思青蘭さん」

「ニイハオ」

完璧なアクセントが、形良い唇から零れる。瞳がきらりと光った。

「そしてこちらが、フリーの映像作家の寒川竜さん」

「よろしく」

ビデオカメラを片手に答える男。

オレは全員を見渡して――。


…………?



「何、快斗? 変な顔して」

「あ、イヤ。ちょっとな」

何となくおぼえた違和感――イヤ、既視感か?

中森警部はオレ達の事も紹介してから頭を下げて、

「それでは皆さん、御協力感謝します。後日改めて、連絡致しますので」

「分かりました」

「失礼します」

それぞれ立ち上がって去って行った。

「イヤあ、いい時に来てくれたよ。君たちが入って来たから騒ぎが収まったんだ」

「騒ぎ?」

「ああ。誰も彼も、卵一つにえらくムキになっててな。食えない輩ばかりだよ」

腕を組んで答える中森警部。

「一番うさん臭いのは、あの美術商だな。さっそく持ち主の鈴木会長に取り入ってるそうだ。
譲ってもらえるなら8億は出すとか何とか」

「は、8億!?」

声を引っくり返す青子。

「書記官とやらはロシアのものはロシアに返せの一点張りだし、
それに王朝研究家だの映像作家だの、頭が混乱してくるよ」

「え……、それで全部なんですか?」

「ん?」

「あ、その。もっと問い合わせがあるんじゃないかな、って」

と取り繕った時、中森警部の部下が入って来た。テーブルの上の木箱を取って、

「警部。このエッグどうします?」

「ああ御苦労さん。ひとまず片づけておけ」

「へ? エッグって『メモリーズ・エッグ』?」

「ああ」

驚く青子に、中森警部は意味あり気に笑って、

「そうだ。お前たちも見てみるか?」

箱を部下の手からテーブルに戻した。紐をほどき、蓋を開いた。

「わぁ、綺麗……」

青子の口から感嘆の言葉が漏れる。

光を受けて輝く、それは確かに卵だった。
上に幾つか穴が空き、下に何本か足の生えた緑色の卵だ。
大きさは、両手で包めるくらい。

「どうだ。立派な物だろう」

「ええ。確かに見事な出来ですね」

と、オレも頷く。そして一言付け加えた。

「偽物としては」

「な――!?」

「な――!?」

判で押したように同じ表情で仰天する父娘。

「なるほどね。これを囮にしてキッドをおびき寄せるわけですか」

「あ、ああそうだ。茶木警視の提案でな」

「これを美術館に置くって事は……それじゃ本物はドコに?」

「そ、ソレは」

と危うく言いかけるが、流石に踏みとどまって、

「快斗くん。君、一体どうして」

「そうよ。第一、何でこんな綺麗なのが偽物なの?」

「綺麗だから問題なんだよ」

と、オレは肩を竦めて、

「考えてもみろ。インペリアル・イースター・エッグは約100年も昔の作品だ。
それなのにコレは、細工も彩色も不自然に新しすぎる。よく見れば分かる事さ」

「そうか……」

と、中森警部は暫し唸っていたが、やおらエッグを部下に突きつけて、

「オイ、至急コレを作り直せ。もっと古臭くするんだ」

「あ、待った」

と、オレは遮って、

「どうせなら中身も見せて下さいよ」

「中身?」

「ソレもちゃんと開くんでしょ?」

「ああそうだよ。よく知ってるな」

と、中森警部がエッグの上蓋を開けると、家族の像が現れた。
長椅子に座る、中央の者の本に集まっている。

「中はニコライ皇帝一家の模型でな。全部、金で出来てるそうだ」

本物はな、と最後に言い添える。

「本物は更に面白い仕掛けがあるんだ。ココの鍵穴に鍵を差しこむと、人形が動くんだ」

「へぇ……」

と、青子はしげしげとエッグを見て、

「でもやっぱり綺麗。このエッグの蓋の裏にあるのも、本当はダイヤとかなんでしょ?」

「イヤ、ソレは違う。本物に付いているのも、ただのガラスだ」

「そうなの?」

「ああ。だがロシアの技術も大した物だ。100年も前にこんな物を作れてたんだから」

「あ。そういえば」

と、青子は口許に指を伸ばして、

「わたし前から気になってたんだけど。『メモリーズ・エッグ』って英語よね。
本当のロシア語では何て名前なの?」

「ろ、ロシア語? ええと、確か」

「『ВОСПОМНАНИЕ(ヴォスポミナーニエ)』。日本語なら『思い出』だな」

「!?」

「!?」

オレの発言に、またもや同じ顔で驚く二人。

「快斗。あんた何で」

「常識だよ」

「博識なんだな……」

と、中森警部が茫然と呟いた時。

「中森くん!」

「茶木警視!」

部屋に入って来た上司に、中森警部は素早く立ち上がった。
茶木警視はオレ達を一瞥してから、

「中森くん。例の件はどうなってるかね?」

「イヤ、それがですね……」

ひそひそと話している様に、オレは思わず吹き出した。茶木警視は顔色を変えて、

「何がおかしい?」

「だって」

笑いを殺して言葉を続ける。

「その調子だと、まだ全部解けてないんでしょ? 予告状の暗号」

「……!」

「意外だな。東京・大阪の警官全員の頭脳が、キッド一人の頭脳に勝てないなんて」

茶木警視はオレを睨んで、

「だったら君には分かるのかね? 『秒針のない時計が12番目の文字を刻む時』が
どういう意味か」

「ソレは……」

「ホラ見たまえ。素人が大層な口をきくもんじゃない」

黙ったオレに、茶木警視は鼻を鳴らして、

「中森くん。毛利探偵が見えた、と西野秘書から連絡があった。今から美術館に行くぞ」

「ハイ」

「気をつけてね、お父さん」

二人の刑事はあたふたと部屋を出て行った。





「ねぇ快斗、ねぇってば。――ねぇ!」

「え……あ、何?」

イヤホンを外して尋ねる。隣を歩く青子はむくれた顔で、

「もう、ボーッとしちゃって。一人で音楽聴いてないでよ」

「別にいいだろ。ひとの趣味にケチつけるなよ」

オレだって好きでイヤホン付けっ放しにしてるんじゃない。例によって(?)美術館の会話を
盗聴させてもらっているのだ。

茶木警視の言う通り、毛利探偵一行は今美術館の会長室にいる。一部屋に相当の
大人数が集まっているようだ。その中には無論”あの”謎の天才少年も含まれる。

言うまでもないが、毛利探偵などはオレの眼中にはない。オレが敵と認めてるのは
あくまでも、毛利探偵にいつもくっついているアイツの方だ。「江戸川コナン」とかいう
妙な名前以上に、妙な性格のボウヤである。

「それで何だって?」

「だから、分かったって言ったのよ。さっきの暗号」

と、青子。

「『12番目の文字』って、『あいうえお』の12番目なんじゃないの?」

「あいうえお?」

「そう。12番目は、『し』だから」

「4時って事か。でもそんなのなら、アルファベットでだって成り立つぜ?」

「アルファベット?」

「アルファベットの12番目は『L』。つまり」

「そっか3時か、って。どうしてソレ、さっき言わなかったの?」

「愚問だな。自分の予告を自分で解いてどうするよ」

「へ?」

と、青子は目を点にする。

「自分って……快斗が予告って……え? え?」

オレはニヤッと笑ってみせた。

「って、そんなわけねーだろ。嫌だねー、単純な奴はすぐ真に受ける」

「な――、何よぉ!」

やっと気づいた青子は真っ赤な顔で、逃げるオレを追いかけ回した。





「うああぁーっっ!!」

数時間後。視界に入ってくる物体に、オレは悲鳴を上げていた。

「もう、だらしないわねぇ。あんなの唯のハリボテじゃない」

と、青子が指差す先にあるのは宙吊りの、やたらデカイ、その何だ……。
青子は何故かしみじみとした口調で、

「ホントに快斗って、おさかな苦手なのね。お店の飾りのフグさんまで嫌なの?」

「うっせーよ……」

と言い返す声にも、どこか力が入らない。
だからココだけは来たくなかったんだ。この新世界界隈の、このエリアだけは。

「なぁ青子、オレ最初に言ったよな。『ココだけは絶対見に行かねーぞ』って」

「うん。でも青子が『行っていい?』って訊いたら、快斗『いい』って言ったわよ?」

「いつだよ、ソレ」

「さっき快斗が音楽聴いてる時」

そんな時に訊くな!

「ダメだ。オレ、ココで少し休む。おめー適当にその辺回って来いよ」

「ハイハイ」

呆れ顔で歩いて行く青子を横目に、オレは再びイヤホンを当てた。
聞こえてくるのは、中森警部と鈴木会長と、そして毛利探偵の声。
何やらモメてるらしく、ドタバタとした物音も交じって聞こえる。

恐らく彼らは、夢にも思ってないだろう。
自分たちの会話を、窓に止まる一羽の鳩――の足に付けられた盗聴機によって、
オレに全て聞かれてしまっているなどという事は。





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