≪ACT 5   追求≫



警察官や鑑識たちが、列をなして歩いて行く。
先頭を進むのは、恰幅の良い中年刑事――警視庁捜査1課の目暮警部。
その後を、部下の刑事たちが続く。
オレは今、この団体の中に紛れこませてもらっているわけである。

ちょっと自慢になるけど、警官に成りすますなんてオレにとっては朝飯前だ。
その証拠に、周りの者は誰一人オレを疑ってない。完璧だ。
そんな彼らと一緒に、オレは警察のヘリコプターに乗りこんだ。


――殺人現場へ行くために。





ヘリコプターが、船のヘリポートに舞い下りた。毛利探偵は目暮警部に敬礼した。

「警部殿。お待ちしておりました」

「ったく、どうして君の行く所に事件が起こるんだ?」

「イヤ、神の思し召しというか……」

「毛利さん自身が神なんじゃないですか?」

と、部下の一人の白鳥刑事が笑って言う。

「死神という名の」

「……!」

毛利探偵の額に青筋が立った。

「白鳥警部補、きっつー……」

と、やはり部下の一人の高木刑事が一人呟く。毛利探偵はそんな高木刑事の顔を見て、

「ん? 何だ、その絆創膏?」

「あ、イヤ。昨日ちょっと犯人とやり合っちゃって」

と、高木刑事は右眉の絆創膏を手で覆い隠した。





殺されたのは、やはりエッグの関係者だった。先日会った寒川氏である。

オレ達は現場に立ち入った。
寒川氏の部屋は、惨憺たる有り様だった。
引き出しは全て開けられ、棚も全て荒らされている。毛布の綿や枕の羽毛まで
絨毯に散らばっている。デジタル時計だけが静かに、今の時刻を示している。

その中央で、寒川氏は大の字になって横たわっていた。――顔を朱に染めて。
人の間を抜けて、オレは寒川氏に近寄った。ちょうど右目に銃創を負っている。

「!」

待てよ。それじゃ、オレを撃った奴が……?

見たところ、死後からそれほど時間は経ってない。毛利探偵の検死は正確なようだ。
やはり死亡推定時刻は、午後7時30分頃という事になる。

「被害者は寒川竜さん、32歳。フリーの映像作家か」

「警部殿! コレは強盗殺人で、犯人が奪ったのは指輪です」

と、毛利探偵が早々と目暮警部に意見した。

「指輪?」

「ハイ。ニコライ二世の三女・マリアの指輪で、寒川さんはペンダントにして
首から下げてました」

「指輪を盗るだけなら、首から外せばいいだけでしょ?」

と、少年が口を挟んだ。

「でも部屋を荒らした上、枕まで切り裂いてるのはおかしいよ」

「コイツまたチョロチョロと……」

と、毛利探偵が顔を苦くする。そこに鑑識の一人がやって来た。

「目暮警部。床にコレが」

「ボールペンか」

側面に何か書かれている。どうやら名前のようだ。目暮警部は声に出して読み上げた。

「M.NISHINO」

「え?」

少年は目をしばたたかせた。





関係者全員が、ロビーに集められた。

まず鈴木会長と、その娘の園子嬢。次に夏美さんと、高坂家執事の沢部さん。
後はセルゲイ書記官、美術商の乾氏、研究家の青蘭さん。
それから毛利探偵と、その娘の少女・蘭と、そしてアイツと。
もしやあの映像がまた視えるんじゃないかと心配したが、どうやらその様子は無さそうだ。
やっぱり子供は子供である。

目暮警部はその一同の前で、鈴木会長の秘書・西野真人氏にボールペンを差し出した。
目暮警部と毛利探偵が尋ねた。

「このボールペンは西野さん、あなたの物に間違いありませんね?」

「は、ハイ。でもソレが、どうして寒川さんの部屋に?」

「遺体を発見したのはあなたでしたな?」

「そうです。食事の支度が出来たので、呼びに言ったんです」

「そのとき中に入りましたか?」

「いいえ」

「入っていないあなたのボールペンが、なぜ部屋の中に落ちてたんです?」

「分かりません」

「では7時半頃、何をしていました?」

「ええと……7時10分頃、部屋でシャワーを浴びて。そのあと一休みしていました」

彼らの話を真剣に聞いている少年。その少年を更に真剣に見ている少女の様子が、
オレは気になった。どこか思いつめたような表情をしているのだ。

そこに高木刑事が息せき切って戻ってきた。

「目暮警部。被害者の部屋を調べたところ、ビデオテープが全部無くなっていました」

「何? そうか、それで部屋を荒らしたんだな」

ソレを聞くや否や、少年が部屋から飛び出した。

「こらボウズ! 勝手に動くんじゃ――」

「あ、いいの。わたしが」

金切り声を上げる毛利探偵を、少女は制した。

少女は少年を追って走った。が、すぐ見失ってしまった。
キョロキョロ見回している少女の肩に、不意に手が置かれた。
少女は身構えて振り返った。彼女を止めた白鳥刑事は、穏やかな口調で、

「蘭さん。銃を持ってる犯人がうろついてるかもしれません。皆の所へ戻って下さい」

「でもコナンくんが」

「彼はボクが連れ戻しますから」

有無を言わさず、白鳥刑事は少女を押し戻した。





少年は備え付けの電話の受話器を取った。慣れた手付きで番号にかけた。

「あ、博士? オレだけど。大至急調べてほしい事があるんだ」

要領よく事情を説明すると、阿笠博士――少年の知人である――は頼もしく答えた。

『右目を撃つスナイパーだな。分かった、調べてみる。10分後にまた電話をくれ』

少年は通話を切った。腕時計を見た。

「!?」

オレの気配を察したか、少年は通路へ飛び出した。見回してから、戻って行った。

オレは、部屋の一つに滑りこんだ。伏せられている写真立てを手に取った。

「グリゴリイ……か」

やっぱりな。まさかとは思ってたが。

10分経った。少年は再び阿笠博士に電話した。

『分かったぞ、新一くん。ICPOの犯罪情報にコンピューターでアクセスしたところ、
年齢不詳・性別不明の怪盗が浮かんだ。その名は』

声を低めて、阿笠博士は告げた。

『スコーピオン』

「スコーピオン……」

と、少年は繰り返した。素人には、聞き慣れない名前だったのだろう。

オレは甲板へ歩いた。何となく、風に当たりたくなったのだ。

それにしても。まさか、殺しとはな。何かあるかもとは思ってたけど。
あの人が怪しいとは思ってたけど。
っていうか、プロが素人巻きこんじゃダメだよな。どいつもこいつも情けねーよ。
それに、さっき盗聴してた電話もショックだった。
阿笠博士は、少年を『新一』と呼んでいた。決定的な証拠がまた一つ、
増えてしまったのだ。





西野秘書の部屋を捜索すると、問題の物はすぐ見つかった。

「目暮警部! ありました、西野さんのベッドの下に」

と、高木刑事はペンダントを示した。茫然としている西野秘書に、目暮警部は言った。

「決定的な証拠が出たようですな」

「待って下さい、警部さん。私じゃありません」

「あんたが犯人でないなら、どうして指輪があったんだ?」

「分かりません、私にも」

毛利探偵の問いに、西野秘書は首を振った。

傍らの西野秘書の枕に触れてみた少年は、表情を変えた。
オレも気づいた。ソレは他の部屋の物と違って、モミガラが入っているのだ。

少年は西野秘書に尋ねた。

「ねぇ、西野さんって羽毛アレルギーなんじゃないの?」

「え? そうだけど」

「じゃあ西野さんは犯人じゃないよ」

と言った時――少年はハッと顔を上げた。

「え……?」

白鳥刑事が少年を見ていた。が、すぐに目を伏せて、

「いいから続けて」

「う、うん」

頷いてから、少年は皆に意見した。

「だって寒川さんの部屋、羽毛だらけだったじゃない。犯人は、羽毛枕まで切り裂いてたし。
羽毛アレルギーの人があんな事するはずないよ」





「ソレは私が証人になります」

ロビーの鈴木会長は、自信をもって断言した。

「彼は少しでも羽毛があると、クシャミが止まらなくなるんです」

「そっか。西野さんが蘭の部屋から逃げるように出て行ったのは、鳩がいたからなんだ」

と、園子嬢が頷いた。オレの鳩の事を言っているのだろう。
目暮警部は腕を組んで、

「となると、犯人は一体……」

「ねぇ警部さん」

と、少年はおっとりとした口調で尋ねて見せた。

「『すこーぴおん』って知ってる?」

「スコーピオン?」

「いろんな国でロマノフ王朝の財宝を専門的に盗み、いつも相手の右目を撃って殺してる、
悪い人だよ」

「そういえば、そんな強盗が国際手配されてたな」

と、目暮警部は同意してから、仰天して、

「それじゃ、今回の犯人も?」

「そのスコーピオンだと思うよ。多分キッドを撃ったのも」

「何だって?」

「キッドの片眼鏡にヒビが入ってたでしょ? スコーピオンはキッドを撃って、
キッドが手に入れたエッグを横取りしようとしたんだよ」

一同は呆気に取られた。毛利探偵がいち早く我に返った。少年に不審の目を向けて、

「何でお前、スコーピオンなんて知ってんだよ」

「あ、イヤ、ソレは、つまり」

「阿笠博士から聞いた」

「!?」

少年はギョッと白鳥刑事を見た。白鳥刑事はあくまでも平静に、

「そうだよね、コナンくん?」

「あ、うん。そう」

と、少年は微笑んでみせてから、深刻な顔になった。
そんな少年を、やはり少女は目を離さずに見つめている。

一方、目暮警部と毛利探偵は必死で知恵を絞り合っていた。

「しかしスコーピオンが犯人だったとして、どうして寒川さんから奪った指輪を
西野さんの部屋に隠したんだ?」

「それがサッパリ……」

少年は再び西野秘書に尋ねた。

「ねぇ、西野さんと寒川さんて知り合いなんじゃないの?
昨日美術館で寒川さん、西野さんを見てビックリしてたよ」

「ホントかい?」

「西野さんて、ずっと海外を旅してたんでしょ? きっとどこかで会ってるんだよ」

西野秘書は頭を掻いていたが、不意に声を発した。
目暮警部は身を乗り出して、

「知ってるんですか、寒川さんを?」

「ハイ。3年前、アジアを旅行していた時に。あの男、内戦で家を焼かれた女の子を
ビデオに撮ってたんです。注意しても止めないので、思わず殴ってしまって」

「じゃあ寒川さん、西野さんのこと恨んでるね。きっと」

と笑顔になる少年に、毛利探偵は大きく頷いた。

「分かった」

自信たっぷりに、

「西野さん、あんたがスコーピオンだ」

少年は引っくり返った。
目暮警部も呆れ顔で、

「毛利くん。ソレは羽毛の件で、違うと分かったじゃないか」

「あ、そうでした」

少年は改めて西野秘書に声をかけた。

「でも西野さん、助かったね」

「え?」

「だって、もし寒川さんが殺されてなかったら、西野さん指輪泥棒にされてたよ」

「そうか!」

と、毛利探偵が顔色を変えて叫んだ。拳を握りしめ、目暮警部に力説した。

「この事件は二つのエッグならぬ、二つの事件が重なっていたんです」

「二つの事件?」

少年が独り頷く。どうやら誘導が上手くいったようだ。

「一つ目の事件は、寒川さんが西野さんをハメようとした物です。彼は西野さんに
指輪泥棒の罪を着せるためにわざと皆の前で指輪を見せ、西野さんがシャワーを
浴びている間に部屋へ侵入して自分の指輪をベッドに隠したんです。
そしてボールペンを盗った。

ところが、その前に第二の事件が起こった。寒川さんはスコーピオンに射殺された。
目的は恐らく、スコーピオンの正体を示す何かを撮影してしまったテープと指輪。
しかし首にあったはずの指輪が見つからないので、スコーピオンは部屋中を探したんです」

「という事は、スコーピオンはまだこの船のどこかに潜んでいるという事か?」

「その事なんですが」

と、白鳥刑事が進み出た。

「救命艇が、1艘なくなっていました」

「何? それじゃスコーピオンは、その救命艇で」

「緊急手配はしましたが。発見は難しいと思われます」

「取り逃がしたか……」

と、目暮警部は唇を噛んだ。白鳥刑事は険しい顔で、

「しかしスコーピオンがもう1個のエッグを狙って、高坂家の城に現れる可能性もあります。
イヤ、既にもう向かっているかも」

上司に向き直って、

「目暮警部。明日東京に着き次第、私も夏美さんたちと城へ向かいたいと思います」

「分かった。そうしてくれ」

ソレを聞いた毛利探偵は、屈んで少年に釘を刺した。

「オイ、聞いた通りだ。今度ばかりは連れて行くわけにはいかんからな」

「いえ、コナンくんも連れて行きましょう。彼の発想力が、役に立つかもしれません」

白鳥刑事は、あっさりと言った。
そのとき浮かんだ謎めいた笑みに、少年は少し戸惑った様子だった。





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