≪ACT 6   探検≫



翌日、8月24日。
オレはまず、鈴木会長の所へ頭を下げに行った。

「あくまでも念のためです。無理なお願いとは思いますが」

「イヤ、構いませんよ。そちらには、いつもお世話になっておりますから」

鈴木会長は快く、オレの頼みを聞いてくれた。
よく考えたら、最初からこういう方法を使えば一番楽だったかもしれない。
けれどこんな手段をとるのは、ハッキリ言って邪道だ。今回限りの例外である。

ま、しゃーねーよな。

心の中で独りごちてから、オレは頭を切り換えた。





オレ達は、車で横須賀の城へ向かった。
人数が多いので、2台に分かれている。
結局、寒川氏の指輪は目暮警部が預かった。鑑定に出して、本当にマリアの物かどうか
調べるのだそうだ。

ところで、「マリア」って何だ?って思ってる人も中にはいるかもしれないから、
改めて説明しておこう。

ロマノフ王朝最後の皇帝・ニコライ二世には、娘が四人いた。
タチアナ、オリガ、マリア、アナスタシアの四人。末っ子のアナスタシアなら、映画とかで
知ってる人も多いはずだ。
ロシア革命の後、皇帝一家は全員銃殺された。
しかしマリアと、それから皇太子アレクセイの遺体だけは確認されていない。
そのため世の夢想家たちは――。

イヤ、お喋りはこの辺にしておこう。これ以上言うのは野暮だ。
でも、一つだけヒント。マリアは四人姉妹の仲でも一番優しい子だと伝えられており、
大きな灰色の目が印象的だったそうだ。

2台の車は港町を見下ろして、山間に入った。次第に緑の量が増えてきた。
やがて城が見えてきた。切り立った岩山にそびえる、荘厳な城。

城の前に到着した一行は、車から降りた。
少女は目を輝かせて、

「わぁ、ホントに綺麗なお城」

「ドイツのノイシュバンシュタイン城に似てますね。シンデレラ城のモデルになったという」

と、白鳥刑事も嘆息した時、黄色のワーゲンが城の敷地に入って来た。

例の阿笠博士と、それから四人の子供――男二人と女二人――降りて来た。
ソレを見て、振り向いた少年は顔を強張らせた。
正直、オレも驚いた。子供の一人に見覚えがあったのだ。いつだったかオレを
吸血鬼呼ばわりした、あの黒い髪の女の子だ。世間は狭い。

「博士。どうしてココに?」

「イヤ、コナンくんから電話を貰ってな。どらいぶがてら来てみたんだよ」

と少女に答えてから、阿笠博士は少年の前に屈みこんだ。

「ホレ、君に言われた通りバージョンアップしといたぞ」

「サンキュー」

と、少年は何か受け取ってから顔を戻した。別段変わった様子はない。

「でも何で、アイツら連れて来たんだよ」

「それが、知らんうちに車に潜りこんでおってな」

と、阿笠博士は苦笑した。
毛利探偵は厳しい表情で子供たちに、

「いいかお前たち、中へは絶対に入っちゃいかんぞ」

「ハーイ」

「分かってまーす」

やけに素直だ。今時の子供って、こんな風なのか?

そんな中、セルゲイ書記官が白鳥刑事に問うた。

「イヌイさん、遅いですね」

「ええ。何か寄る所があるとか言ってましたけど」

などと話していると、乾氏の車が到着した。

「イヤ、悪い悪い。準備に手間取ってな」

毛利探偵は乾氏の背中を見た。いかにも重そうなリュックサックを背負っている。

「何です、その荷物? 探検にでも行くつもりですか?」

「なに、備えあれば憂いなしってやつですよ」

一行は城の中に入った。扉を閉める沢部さんに、毛利探偵は念を押した。

「鍵かけて下さい。子供たちが入りこまないように」

扉は、固く閉ざされた。そのとき子供たち――独り除いて――が意味あり気に笑ったのを、
オレは確かに見届けた。





沢部さんの案内の下、オレ達は順番に部屋に通された。

「ココは『騎士の間』です。西洋の甲冑とタペストリーが飾られております」

木の棚が並ぶ、板張りの部屋。並ぶ物は、どれも年季が入っている。

「ココは『貴婦人の間』です。大奥様はよくココで一日中過ごしておられました。
この部屋が一番、気が休まるとおっしゃられまして」

四方の壁という壁が、大小様々な絵で埋められている部屋。暖かな空気を感じる。

「こちらは『皇帝の間』でございます」

大理石の像が立ち並ぶ部屋。異世界に紛れこんだような錯覚さえおぼえる。
そして、まるで時が止まっているかのようだった。10年前と、何も変わっていない。


 「皇帝の間」を出ようとした時、乾氏が沢部さんに尋ねた。

「なあ、ちょっとトイレに行きたいんだが」

「トイレなら、廊下を出て右の奥です」

言われて乾氏は、廊下へ出て行った。オレ達は待った。だが乾氏はなかなか帰って
来なかった。
オレは一瞬、嫌な予感がした。すると案の定、乾氏の悲鳴が響き渡った。

オレ達は全員、悲鳴の元へ走った。「貴婦人の間」に飛びこんで、唖然となった。
乾氏は壁の穴――隠し金庫に右手を突っこんだ形で、屈みこんでいた。
それもそのはず。無数の刀剣が、真上の天井から紐でぶら下がって揺れているのだ。
しかもそれらは、かがんだ乾氏の頭上寸前で止まっている。

隠し金庫の中は、金細工や宝石で溢れていた。その中で、乾氏の右手首は金属製の枷で
拘束されていた。これでは動けないはずだ。
更に絨毯の上には、リュックサックから出した錠開けの道具が転がっている。
どうやら妙な気を起こして、取っ捕まってしまったようだ。

「81年前、喜市様が作られた防犯装置です」

沢辺さんは泰然と小さな鍵を出し、枷を外した。乾氏は、その場にへたり込んだ。

「この城にはまだ他にも幾つか仕掛けがありますから、御注意下さい」

結局、乾氏の荷物は懐中電灯を除いて没収された。
少年は沢部さんに尋ねた。

「ねぇ、このお城に地下室ある?」

「ありませんが」

「じゃ、1階にひいお祖父さんの部屋は?」

「それでしたら執務室がございます」





「こちらには喜市様のお写真と、当時の日常的情景の撮影が展示してあります」

 「展示」というだけあり、写真はどれも立派な木枠で飾られている。
少年は喜市さんの写真を一通り見てから、

「ねぇ夏美さん、ひいお祖母さんの写真は?」

「それが一枚もないのよ。だから私、曾祖母の顔は知らないの」

「オイ、この男ラスプーチンじゃねーか?」

と、乾氏が、一枚の写真を指した。セルゲイ書記官が近寄った。喜市さんと共に写る男と、
筆記体のサインを凝視して、

「ええ、彼に間違いありません。『Г.Распутин(ゲー・ラスプーチン)』と
サインもありますから」

「お父さん、『ラスプーチン』って?」

「い、イヤ、オレも世紀の大悪党だったという事くらいしか」

突然少女に訊かれて焦る毛利探偵。

「奴は怪僧と言われ、皇帝一家に取り入ってロマノフ王朝滅亡の原因を作った男だ」

代わりに乾氏が説明した。

「一時権勢をほしいままにしたが、最後は皇帝の親戚筋に当たるユスポフ講釈に殺害
されたんだ。川から発見された遺体は頭蓋骨が陥没し、片方の目が潰れていたそうだ」

「乾さん。今はラスプーチンより、もう一つのエッグです」

と、白鳥刑事が急かす。対して毛利探偵はのんびりと煙草に火を点け、煙を吐き出し、

「そうは言ってもな。こんな広い家の中から、どうやって探せばいいんだ?」

「……」

少年は毛利探偵の下ろした手の煙草を見ていた。オレも見た。立ちのぼる煙が、僅かに
揺らめいている。

「おじさん、ちょっと貸して」

少年は毛利探偵の煙草を引ったくった。煙草を板張りの床に近づけて、

「下から風が来てる。この下に秘密の地下室があるんだよ」

「何!?」

「とすると、カラクリ好きの喜市さんの事だから、きっとどこかにスイッチがあるはず」

と、少年は少女の差し出した灰皿で煙草を消した。床を這い回って、一角で止まった。

「?」

板の一部が開いた。下から現れたのは――キーボードのような基盤。
ロシア語のアルファベットの物である。一同は一斉に色めきたった。

「パスワードがあると思うよ。セルゲイさん、ロシア語で押してみて」

セルゲイ書記官は頷いて、キーボードの前にひざまずいた。

「思い出! 『ヴォスポミナーニエ』に違いない」

と、毛利探偵が力強く言う。セルゲイ書記官は、キーを押していく。





   В О С П О М Н А Н И Е …………………………。





何も起こらない。セルゲイ書記官と少年が、毛利探偵に不信の目を向ける。

「アレ?」

「じゃあ『キイチ・コーサカ』だ」

と今度は乾氏が言った。セルゲイ書記官は、キーを押していく。




   К И И Ч И К О С А К А …………………………。





やはり何も起こらない。セルゲイ書記官は困った様子で、

「ナツミさん。何か伝え聞いている言葉はありませんか?」

夏美さんが答えるより早く思い出したらしく、少年が呟いた。

「バルシェ、ニクカッタベカ」

「え?」

「夏美さんが言ってたあの言葉。ロシア語かもしれないよ」

セルゲイ書記官は夏美さんに尋ねた。

「ナツミさん。バルシェ……何ですか?」

「ニクカッタベカ」

「バルシェ、ニクカッタベカ……?」

「もしかしたら、切る所が違うのかも」

と、少年が付け加える。セルゲイ書記官は額を押さえて、

「バル、シェニ、クカッタ、ベカ……? バルシェニ……」

「ソレ、『ВАЛШЕБНИК КOНЦА ВЕКА(ヴァルシェーブニク カンツァ ヴェカ)』
じゃないかしら」

と、青蘭さんが仮説を述べた。セルゲイ書記官は弾かれたように顔を上げた。

「そうか! 『ヴァルシェーブニク カンツァ ヴェカ』だ」

と繰り返してから、周りに説明した。

「英語だと『The Last Wizard of the Century』。日本語では」

「世紀末の魔術師」

と、青蘭さんが締めくくった。

「とにかく押してみましょう」

セルゲイ書記官は、キーを押していく。





   В А Л Ш Е Б Н И К К O Н Ц А В Е К А ………………!





押し終えた、その時。床下から機械音が鳴り始めた。ソレはやがて轟音に近くなった。

「!?」

少年はその場から飛び退いた。少年の足元の床が、ゆっくりと口を開けていく。

「あ……」

埃が静まった。地下への下り階段が続いていた。
一行は覚悟を決めて、階段を下りて行った。





地下道は延々と続いていた。セルゲイ書記官は夏美さんに尋ねた。

「それにしてもナツミさん、なぜパスワードが『世紀末の魔術師』だったんでしょう?」

「たぶん曽祖父がそう呼ばれていたんだと思います。曽祖父は16歳の時、1900年の
パリ万博にカラクリ人形を出品し、そのままロシアに渡ったと聞いてます」

と、夏美さんが答えた時、少年は立ち止まって横を見た。少女も止まって、

「どうしたの?」

「今、微かに物音が。ボク見て来る」

「コナンくん!」

「私が行きます」

走って行く少年を制しようとする少女を、白鳥刑事は制した。毛利探偵に振り向いて、

「毛利さんは皆さんとココに居て下さい」

「分かった」





数分後、オレ以外の面々は唖然とした。

横道の先に居たのは予想通り、先程の子供たちだった。
彼らはやはり、城の宝物のために別の入口を探したのだそうだ。それであちこち歩いた
挙げ句、彼らは敷地の隅の塔に入った。その際どこかのカラクリに触ったらしく、
塔の床が抜けて(!)、彼らは地下のトンネルを滑り落ちた。
トンネルの終点には段差が出来ていた。のぼって戻るための縄バシゴも切れてしまって
いたので、彼らはただ助けを待つよりも通路を先に進む事を選んだ。

四人はそれぞれ事情を説明してくれたが、茶色の髪の女の子の物が
最も分かりやすかった。少年の女の子版(妙な言い方だけど)といった感じだった。

いまさら追い返すわけにも行かず、結局合流して歩く事になった。
暫く歩いた後、一行は行き止まりに突き当たった。
白鳥刑事は壁を照らした。一面に鳥――鷲(ワシ)の絵が描かれている。
そしてその絵の中央にあるのは、双頭の鷲。皇帝の紋章だ。太陽を背にして、
頭上に冠を戴いている。

オレと同様に、少年も絵を凝視した。

「……太陽……光……もしかしたら……」

呪文のように呟いてから、

「白鳥さん。あの双頭の鷲の王冠に、ライトの光を細くして当ててみて」

「あ、ああ」

白鳥刑事は懐中電灯の光を絞った。王冠に当てた。王冠の宝石が、光を放った。

「!」

地鳴りが聞こえ始める。音はどんどん大きくなる。

「皆、下がって!」

白鳥刑事は声を荒らげる。少年の足元の床が下がっていく。
その先に、黒々とした穴が見える。

「入口……なるほど」

壁を見て、

「この王冠には光度計が組みこまれてるってわけか。――わ!」

白鳥刑事は後ろに飛び退いた。白鳥刑事の足下の床が、左右に割れた。
下り階段が現れた。立ち上がった少年は、振り返って上を見た。
一同は言葉も無く、立ちつくしていた。





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