≪SCENE 2≫


翌朝早く、鈴木園子は起きるとすぐに自分のパソコンを起動させた。

「さてさて! 返事来てるかなっと」

無意識のうちに声が弾んでくる。昨夜送信ボタンを押した瞬間を思い出すと、
また胸の鼓動が激しくなった。

恐る恐る始めてみたインターネット。チャットのスピードに付いて行けなかったり、
画面が突然動かなくなった時に咄嗟に電源を切ってしまったりしたのも、
最早いい思い出である。
今では一応、周りの人に教えられるくらいには成長した。
それも皆、常連になったサイト「奇術愛好家連盟」のおかげである。

……ううん、そうじゃなくて。彼のおかげよね。

憧れの怪盗紳士の心を少しでも分かりたい、という目的で園子は「奇術愛好家連盟」に
参加した。前に我が家の家宝が狙われた時には素顔を拝めなかったけれど、
次に会った時にこそマジックの分かる女だと示してみせるという意気込みもあった。

だが園子が「奇術愛好家連盟」に通う目的は、次第に変わっていった。
レッドヘリング。辞書で調べたら「赤いニシン」という意味らしい。そんな不思議な
ハンドルネームを名乗るメンバーに、園子は興味を持った。
そして彼を深く知れば知るほどに、園子の熱情は高まっていった。

丁寧な言葉遣い、知的なジョーク。ときおり零れる気障な台詞は、しかし全く嫌味がない。
軽妙洒脱という言葉は、彼のためにあるのではないかとさえ思ってしまう。

軽いイタズラ心から、男性の演技をして参加した事を、園子は後悔し始めていた。
「レッドヘリング」さんだけには、本当の事を伝えたい。
そう思って、園子はメールを送信した。
出来れば「レッドヘリング」さん自身の事も知りたいという願いを込めて。

半ば祈るような気持ちで、園子はメールボックスを開いた。



件名………質問にお答えします。
送信者……"レッドヘリング"



「や、やったぁ!」

恥も外聞もないような大声を上げて、園子は食い入るように文面に顔を近づけた。






こんにちは、鈴木園子さん。レッドヘリングです。
あなたからのメール、早速読ませて頂きました。

あなたが女性であろうという事は、普段の文体から察していたのですが、
まだ高校生である事、そしてあなたのお名前には確かに驚きました。
きっとお名前に相応しい、チャーミングな方でいらっしゃるのでしょうね。

ところで、僕のプロフィールについて知りたいとの事。
出来れば御想像にお任せしたいところですが、特別にお教えしましょう。
性別や年齢に関しては、御名答。もちろん男性です。
名前は土井塔克樹と申します。因みに21歳。一応学生です。

ただ、老婆心ながら、忠告を一つだけ。
ネットで本名などを名乗るのは、是非とも慎重にして下さい。
中には悪意を持っている輩も、残念ながら居るのですから。

それではさようなら。
これからも末永くお付き合いしていきましょう。


「レッドヘリング」こと土井塔克樹  magi@###.com






「チャーミング? ヤダもう、例によって気障なんだから」

などと口では文句をいいつつも、顔は真っ赤になっている。
暫し独りでやに下がっていたが、ハッと我に返って内容を読み直した。

……ええと、土井塔克樹・21歳・学生、か……。

相手のプロフィールを頭に記憶させる。やや変わっている名前だから覚えやすいが、
今後間違ったりしたら失礼だ。克樹さん克樹さんと、園子は何度か口の中で呟いた。

21歳の学生という事は、最もあり得るのは大学生。あれほどコンピューターに
詳しいのだから、やはり理系の人間だろうか。何せよインテリである事には違いない。

ただ、この文章で一つ気になるのは、「本名を名乗るのは気を付けろ」という下り。
通信の際に個人情報が流れ出ているというのは、確かに園子もよく耳にする。
しかし、彼の口ぶりは神経質すぎるような気もする。掲示板やチャットなどならともかく、
コレは個人的なメールなのに。
ひょっとしたら彼は自分についての事を語りたくなかったのでは、とも一瞬思った。

「って、そんな事ないわよねぇ。『末永く』って書いてあるし」

と、園子は苦笑した。

そう言えば、今夜は「奇術愛好家連盟」の定例会の日である。もしかしたら、このメールに
ついての事も話せるかもしれない。
期待に胸を躍らせつつ、園子はメールボックスを閉じる前に、もう一度末尾にある
メールの署名を確認した。

……それにしても変わった名字よね。同姓の人に間違われたなんて事、今まで一度も
ないんでしょうね……。

数の多い名字として、全国ベスト2位より下がった事のない鈴木姓としては、
羨ましい限りである。

「でも、もし結婚して名字が変わったら、鈴木克樹……それともわたしが土井塔園子?」

自分で口に出して言ってみて、園子の顔はまたも真っ赤になった。

「きゃー、きゃー! ヤダヤダ、何バカな事考えてんのよ。そういうのを皮算用って
いうんでしょうがっ!」

「――園子さん!」

叫ぶ声を遮るように、部屋の外から母親の声が飛びこんできた。

「お部屋で一人で騒いでるんじゃありません。それに早くしないと学校に遅れますよ」

「え? ――あ、いけない!」

時計を見ると、もうギリギリの時刻である。
園子は急いでパソコンを終了させてから、高校へ行く身支度を始めた。





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