≪SCENE 4≫


……くだらない。

既に会話の止まった画面を前に、「影法師」は吐き捨てるように独りごちた。

こんな文字だけのやり取りの、果たして何が面白いのか。自分には明確な目的があるから
我慢して奴等に付き合っているが、揃いも揃って気に入らない者ばかりだ。

特に「消えるバニー」の軽薄さには吐き気がする。それに、その「消えるバニー」に対して
見て見ぬふりをしている「脱出王」も同罪だ。たとえサイト管理人でも容赦しない。
イヤ、管理人だからこそ――あの時の愚行の責任を取るべきなのだ。

そう考えながらモニターを睨みつけた時、なぜか画面が更新された。

「!?」

見間違いではない。こんな夜明けの頃なのに、また誰かがチャットルームに入って
来たのだ。
どんどん増えていく書きこみを、「影法師」は唖然と見つめ続けた。






レッドヘリング:影法師。あんた、まだココにいるんだろ?

レッドヘリング:少しずつ送信させてもらうぜ。長文は面倒くせーから。

レッドヘリング:今回もあんた、シッカリ最後までROMしてたみてーだな。

レッドヘリング:だったら気づいてくれたかな?

レッドヘリング:オレが皆の話を、どっちの方に持っていこうとしてたのか。

レッドヘリング:そう、他人の素性を無闇に暴くもんじゃないって事。

レッドヘリング:別にネチケットだの何だのって綺麗事を言ってるんじゃない。

レッドヘリング:オレも結局、マナーなんて守ってない人間なんだから。

レッドヘリング:あんたと同じさ。まともなIDじゃねーんだよ。

レッドヘリング:だからこんなオレが言ったところで、説得力ねーんだけど。

レッドヘリング:今のうちにやめときな。あんたがしようとしてる事。

レッドヘリング:あんたのトコにも、無口な腹話術師からメール来てるんだよな。

レッドヘリング:オレの推測が正しければ、あんたはオフ会で勝負を決める気だ。

レッドヘリング:何をするつもり何か知らねーが、どうせ失敗するのがオチだ。

レッドヘリング:この世には不可能な事だってあるんだよ。完全犯罪とかな。

レッドヘリング:確かに春井風伝さんの件では、脱出王や消えるバニーは悪かった。

レッドヘリング:あんたが憎む気持ちはよく分かる。

レッドヘリング:けどな、だからって変な気起こしたらダメだぜ。

レッドヘリング:そんな事したら、アイツらと同じになっちまうだろ?

レッドヘリング:ひとの失態を嘲笑う人間になっちまう。

レッドヘリング:最初の方に言ったように、オレはあんたの素性は気にしない。

レッドヘリング:だから、あんたもオレの素性は気にしないでくれ。

レッドヘリング:ただ、お節介な事を言ってる奴だと思ってくれればいい。

レッドヘリング:オレが言いたいのは、そういう事だ。

レッドヘリング:さて、あんたはちゃんと読んでくれたかな。

レッドヘリング:ソレを信じて、オレはそろそろ消えるとするよ。

レッドヘリング:ワン

レッドヘリング:トゥー

レッドヘリング:スリー!






「!」

パソコンが壊れたかと思った。

「レッドヘリング」が「スリー!」と書きこんだ瞬間、モニターはフラッシュのような
白い閃光を発した。
「影法師」が思わず目を閉じて、次に開いてみた時には、「レッドヘリング」の書きこみは
一つ残らず消えていた。残っているのは、何も記録されていないチャットルームの
画面だけである。

……いったい何が……?

「影法師」は、混乱する頭で必死に思考した。
第一、今自分に向けて発言を重ねたのは本当にあの「レッドヘリング」だったのか。
言葉遣いからして、まるで別人だった。今の人物は普段の彼よりずっと年下――
まだ少年とも言えるような口ぶりだった。

だが今の行動は明らかに、ずば抜けてハイレベルなハッカーのそれだった。
あの「レッドヘリング」でも出来ないと思えるような、ましてただの少年による物とは
思えない。まるで魔法だ。

……イタズラ、なのか……?

そうだ。そう思うしかない。たとえ今の人物が「レッドヘリング」であってもなくても、
自分が決めたあの計画が既に動きだしている事は変わらないのだ。やるしか無いのだ。

ひとの失態を嘲笑うためではない。あの人の魂を救うために、自分は「影法師」に
なったのだ。誰も本当の姿を見る事が出来ない、虚ろな影に。

ためらう気持ちを振り払い、「影法師」は速やかにパソコンを終了させた。





「伝わったかなぁ……」

画面を黒くしたパソコンの前で、快斗は不安そうに呟いた。
相手の正体の見当は付いているのだ。出来るなら直接会って説得したいと思う。せめて
自分が何者か名乗れれば、より良い行動が取れるはずだ。だがソレは無理な相談だった。

……なるようにしか、ならねーってか。園子嬢の件といい、どうにも上手く
いかねーもんだよなぁ……。

こうなったら仕方ない。もしもトラブルが起こったら、オフ会の時に始末すればいい。
快斗は気持ちを切り換えて、隠し部屋から外へ出た。


もう一つの世界から、元の世界へ戻るために。


〈了〉





《筆者注》
HTMLならでは、の話を書いてみたくて挑戦した物。
チャットの形式については、少々ウソも交じっています。
レッドヘリング(快斗)が最後に見せた”マジック”も、実際に出来るかどうかは不明です(苦笑)。

《補足》
「奇術愛好家連盟」参加者データ



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