真逆の友

≪SCENE 1≫


その日も黒羽快斗は、終業チャイムが鳴ると同時に自分の席から立った。
足早に壁へ進み、右手を突いて扉から出ようとする。そこに声がかけられた。

「ちょっと待ってよ、快斗!」

快斗は横を向いた。セミロングの髪をした女子生徒――中森青子が立っていた。

「何だ?」

「何だ、って……」

と、青子は快斗のつれない返事に戸惑いつつも、

「あの、快斗。今日も、もう帰っちゃうの? それなら青子も一緒に」

「悪ぃけど」

と、快斗は硬い顔のまま、青子の言を遮った。

「オレ今、女付きで帰る気分じゃねーんだ。それに」

「それに?」

「おめーこそ、いい歳して男誘うなんてやめときな。誤解されても知らねーぞ」

「!?」

意外すぎる言葉に、青子はその場に立ちつくす。そんな青子に目もくれず、
快斗は外へ出て行った。

「――青子! 何ボケッとしてんのよ」

「あ、恵子」

「早く追いかけなきゃ――って、もう居ないか、やっぱり」

戸口から廊下へ首を伸ばしてから、青子の友人・桃井恵子はため息をついた。

「もう、情けないわね。皆に相談しといて、肝心な時にダメなんだから」

「だって快斗、いきなりワケ分かんないこと言うんだもん。男だの女だのって」

「アラヤダとぼけちゃって。分かってるくせに」

このこの、と青子をヒジで突ついて冷やかす恵子。

「青子のこと意識してんのよ、快斗くんは。でなきゃあんなに態度変えたりしないって」

「だから違うんだってば。ホントに快斗、何かおかしいのよ」

「考えすぎ考えすぎ。そのうち快斗くんから何かアプローチあるかもよ?」

「うぅん……」

二人の会話は暫く続いた。
その光景を眺めていた別の女子生徒――小泉紅子が、席から立ち上がった。





快斗は独り、歩を進めていた。
やはり右手を塀に当て、僅かだが体全体も右に傾いている。そして、表情は重かった。
角を曲がろうとして、快斗はソコで止まった。振り返りながら、

「だーから、付いて来んじゃねーっつってんだろ青子! ――あ」

「残念でした」

と、後ろの紅子は上品な笑みを湛えて言った。

「珍しいですわね、あなたが相手の気配を読み違えるなんて。天下の怪盗のあなたが」

快斗は紅子を睨みつけ、

「寝言だったら寝床で言えよ。用がねーなら、さっさと消えな」

「用事なら有りますわ。中森さんの事です」

と、紅子は笑顔のままで会話を続けた。

「彼女、今日クラス中の人に同じ相談をしてましたの。あなたの、黒羽くんの様子が
おかしいと。どこか人目を避けてる感じがする、話しかけても答えてくれない、
いつも怖い顔をして黙っている……どう考えても、普段のあなたとは一致しないと」

「……」

「始めは気のせいだと思おうとしてけれど、無理だったそうですわ。何度検討してみても、
休み明けの頃から――正確には大阪旅行を終えた頃から、あなたは変わったと」

「……」

「『一体どうしてだと思う?』と訊かれましたので、私なりの意見を述べておきました」

「何て言ったんだよ」

「黒羽くんは大阪で盗みに失敗したから、それで落ちこんでいるんでしょうと」

「な――!?」

快斗は牙をむいて紅子に詰め寄った。

「て、てめー何つー事を」

「冗談です」

「は……」

「恐らく個人的な事情でしょうから気にしないようにと、無難に答えておきました」

これで御満足かしら、と紅子は肩を竦めてみせる。快斗は黙って目を逸らす。

「でも、実はなかなか当たってるんじゃなくて? 私の”冗談”も」

「……」

「あなたはあの旅行を後悔している。違うとは言わせません。顔をみれば分かりますわ、
自分は余計な事を知りすぎたと」

「……」

「ですから、あれほど忠告したんですのよ。鏡の中の自分自身と争うな、と。
あなたと彼とは、全く同じ輝きを放つ双子星。決して相いれる事はないのです」

と、紅子は空を見上げた。流れる雲が、ほぼ一面を覆いつくしていた。

「互いが別々に、無関係に生きているうちはまだ良かった。でもあなたは、
彼の心の中に踏みこみすぎた。同じ魂をもつ者は、より強い者だけが生き残る。
虚像は絶対に、実像に勝つ事は出来ないんです」

「ちょっと待てよ」

と、快斗は紅子を止めた。

「別におめーの戯れ言に付き合う気はねーけどさ、今のは聞き捨てなんねーな。
おめーに言わせたら、オレの方が虚像だっつーのかよ」

「残念ながら」

「!」

「少なくとも今のあなたでは、彼に勝つ事は出来ません。悔しいですけれど。だから」

そう言って、紅子は素早く快斗の右手を取った。

「こんな物でゴマカそうとしても、私の目は騙せませんわよ。右手がこの具合という事は、
その左足も」

快斗はやや乱暴に、紅子から腕を振りほどいた。

「黒羽くん。今ならまだ間に合いますわ。元の対等な状態にお戻りなさい。彼だけには、
あなたの本当の正体を明かすのよ。バランスを取るの。さもないと、あなたは」

「ったく、最後まで意味不明な奴だぜ」

と、快斗は冷笑を浮かべて、

「ひとの事を心配してる暇があったら、自分の事でも気にしてな。じゃ、あばよ」

ワン、トゥー、スリーと呟いた、次の瞬間。



――ポンッ!☆



煙幕と共に快斗は消えていた。自他共に認めるマジシャンならではの退場だった。
先程まで快斗の手をつかんでいた自分の掌を、紅子は見つめた。

……私のもつ魔力も、この頃確実に弱まってきてる。コレが消えた時、
黒羽くんも同じように……。お願い、誰か嘘と言って……。





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