≪SCENE 10≫


その夜。時刻は深夜、0時ジャスト。
都内の雑居ビル屋上に、ごく幼い少年が一人立っていた。

顔には黒縁眼鏡、襟にはネクタイ。七五三の会場から逃げ出して来たかのような服装。
だがその瞳に宿している光は、間違っても子供のそれではない。
 「江戸川コナン」と名乗る名前は、仮の物。本当の名は「工藤新一」。
7歳の身体と、17歳の精神とを持つ、異形の探偵。

ともあれコナンは、手にしているカードをもう一度眺めた。
寝ようとした時、コレが寝床の枕の下から見えたのだ。
文面は、簡略だった。



   逢いたい



本文は、たった4文字。その下に時刻と場所と、差出人の名前とが記されていた。
コナンは黒い空を見上げた。不意に強い風が吹き、つい瞼を伏せた時。

「お待たせ、名探偵」

「!」

月光を受けて眼前に降り立つ相手に、コナンは瞠目した。
毎度ながら、この白ずくめの泥棒の登場ぶりには、どうしても唖然としてしまう。
それでもコナンはカードを示しつつ、冷静に相手に――怪盗キッドに質問した。

「オイ。コレは何だ? 何のつもりだ? オレに何の用があるってんだ、あんたは?」

「用件は、極めて簡単な事だよ。極めてね」

「何?」

「こういう事」

キッドは悠然とした仕種で、スーツから伸びる左手に嵌めている手袋を外した。

「え……、な――!?」

目の前の事実に、コナンは仰天せざるを得なかった。
どう見ても、見えないのだ。手が。有るはずの、相手の手が。視界のドコにも。
キッドは、更に右手の手袋を外した。やはり、手は見えない。
ついには片眼鏡とシルクハットまで外そうとするキッドに、コナンは血相を変えた。

「だ、だから何なんだよ、あんたは! ひとを呼び出しといて、
そんな妙ちくりんな手品見せやがって。せめてキッチリ説明しろ」

「何言ってるのさ。これでバランスが取れるだろう、やっと?」

「バランス?」

「オレは君の正体を知りつくしているんだぜ? ならば、君の方もオレの正体を
知る権限がある。フェアプレイを重んじる君の事だ。寧ろ喜ばしい話だと思うがね」

「って、ちょっと待て」

「ハイ?」

「そんな事、いつ誰がドコの法律で決めたんだよ。あ?」

と、コナンは限りなく低い声と共に、キッドを睨めつけた。

「あんたの正体くらい、オレは自力で見抜いてみせる。あんただって、自力で見抜いて
みせたんだろ? ソレこそがフェアプレイって物じゃねーのか?」

「……」

「それに。オレは、あんたに謝らなきゃいけねーかもしれねーんだ」

下を向いて、床を見て、

「あの事件の時、あんたがオレを助けた理由。オレはてっきり、オレ達があんたの鳩を
助けてからだろうってくらいにしか思ってなかった。でも今日、ある知り合いに
電話で言われたんだ。もっと複雑な事情があるんじゃないかって。
でなきゃ、あんたほどの人がオレを助けたりしないって。だからこそ」

決然と顔を上げた。夜中である事も忘れ、声を振り絞っていた。

「オレは本当の意味で、あんたと対等でいたいんだよ!! 永久に!!」



――どくん……!



「え……?」

「へ……?」

怪盗と、探偵と。二人の男に、ほぼ同時に変化が起こっていた。

キッドは、自らの両手を見つめた。
戻っていく。無であった空間が埋まっていく。爪の先まで、ハッキリと見えてくる。

コナンは、自らの目を擦った。
何かが視える。白装束でない、相手の姿。(本来の)自分とよく似た姿。

「あ……あ……あーっっ!」

テノールとボーイソプラノとの大声による合掌が、見事なハーモニーを紡ぎ上げる。

「あ、は、はは、は……は」

どちらからともなく、乾ききった笑いが漏れた。揃ってその場にへたり込んだ。

先に立ち直ったのは、キッドの方だった。彼は立ち上がり、微笑んで言った。

「やっぱり。そうだったんだな。信じてたよ。おめーなら、そう言ってくれるって」

「へっ?」

「じゃあオレ帰るから。明日は学校あるんだろ? ゆっくりお休み」

「あ、あの」

「それにしても、おめーらもやってくれるぜ。怪盗やれるよ、きっと」

……とんでもない物を、盗んでくれたもんな。

人知れず呟いてから、キッドは例の如く閃光弾を床に放った。
刹那のち、一帯は白一色に包まれる。

「これからもヨロシク、名探偵!」



――ポンッ!☆



深々と一礼、そして煙幕と共に退場。後は、何も残っていない。
屋上に取り残された1名は呆れ顔で、ただ言葉を吐くしかなかった。

「だから……何だっていうんだよ。一体」





そして。彼らは、やがて出会いを果たす。宿敵というよりも、今度は仲間として。
だがソレらは、また別の物語である。


〈了〉





《筆者注》
謎の少年「魔術師」の正体。
一応、裏設定として決めてありますが、ココでは答えは述べません。
作中の描写から、自由に推理してみて下さいませ。



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