≪SCENE 5≫


夜になると、静かすぎて気味が悪い。何か化け物でも出そうな気がする。

……化け物って言えば……。

快斗は寝返りを打ちながら、記憶を掘り起こそうと努めていた。

無理に思い出そうとするなと医者は言ったが、やはり忘れているのは気に入らない。
大体、理解できない点が多すぎる。
なぜ自分はあんな夜中に、あんなビルの屋上にいたのか。
あんな派手な服装で何をするつもりだったのか。

おぼろ気に思い浮かぶのは、何か異様な物に出食わしたような、そんな記憶。
自分は一体、何を見たのだろう。ソレさえ分かれば、道が開けるような気がする。

もう一度寝返りを打った時、小さな音が聞こえた。

「誰だ?」

身を起こして戸口を見ても、ドアは閉まっている。気のせいかと思ったが、違った。

「……こっちだ」

「!?」

機械のような単調な声に、快斗はハッと身構えた。目を凝らして、息を飲んだ。
いつの間にか視線の先、部屋の奥に人が立っていた。

「ココに入って来たからって、医者とかじゃねーよな。誰だ?」

「……そういうお前は、誰だ?」

「へ?」

「……お前の名前は?」

「オレは黒羽快斗だけど――って、何でオレが自己紹介しなきゃいけねーんだ?
早いトコさっさと出てけよ。でねーと」

ナースコールに手を伸ばそうとしたが、ソレは叶わなかった。



――シュンッ!



「げ」

空を切る音と共に、目の前を掠めて壁に刺さったのは、先の尖った針金だった。

「……その様子だと、オレに関しては見覚えはないみたいだな」

「どういう意味だよ」

「……言葉通りの意味だ」

「え?」

「……オレは先日お前と戦ったんだ。一応、本気を出したつもりだ」

「あん?」

「……だけどあの時のお前は、ちっとも強くなかった。正直、拍子抜けしてしまった」

「あのー、もしもし?」

「……その上、あの薬を飲んだ結果はこの程度か。
何もかも忘れてしまうのではないかと思っていたんだけどな」

「だからもしもーし……って」

言った後、快斗の顔色が変わった。

「そうか、てめーか? オレに何かしやがったのは」

「……!?」

叫んでからの快斗の行動は、俊敏だった。
壁の針金を抜き、瞬時に相手の肩へと飛びついた。持った武器を突きつけて、

「病み上がりだからってバカにすんなよ。てめーの知ってる事、全部話してもらうぜ」

「……そんなに興奮しないでいいよ。そのつもりで来たのだから」

「は?」

予測していなかった答えに、快斗の体から力が抜けた。相手は闇の中、言葉を続けた。

「……ただし、オレの知っている情報には限りがあるぜ。それで良かったら話すけどな」

「ああ、いいっていいって。とにかく話せよ。ちゃんと聞くからさ」

「……本当だな?」

と念を押してから、相手は語り始めた。





「な、何だって!? マジかよソレ」

「……そんな大声を出すな。人が来るぜ」

「んな事言ってもよ」

と、快斗は茫然とした顔でベッドに戻り、腰を落とした。

「オレが世間を騒がしてる泥棒さんで、おめーがそのオレを狙ってる組織の一員さんで、
そのおめーに飲まされた薬でオレは記憶喪失になったんです……って、
そんな話どーやって信じりゃいいんだよ」

「……信じないと言われてもな。仕方ないだろう、事実なのだから」

「だいたい最初からしてムチャクチャだぜ。どうしてオレはその、ええと何だっけ」

「……怪盗キッド」

「そう、ソレ。どうしてオレ、そんな怪盗なんて事してんだよ」

「……ソレはオレも良く知らない」

「オイオイ」

「……オレはただ、お前と接触しろと命令されただけだ。
そして、お前にあの薬を飲ませろといわれたんだ」

「薬ねぇ」

「……あの薬は本来、人間の精神を破壊する代物らしいのだけど。
あの系列の薬は、一部の人間には極めてイレギュラーな反応をもたらすそうなんだ。
その結果に関するデータを手に入れる事が、オレの今の任務なんだ」

「ソレが上からの命令ってわけ?」

「……そうだ」

「ああもう、ワケ分かんねーな。頭痛くなってきたぜ」

と、快斗は額に手を当ててから、

「そもそも、おめーの言ってる事が本当だって証拠もねーんだしな」

「……ソレでも足りないか?」

快斗が奪った針金を指差す相手。

「そりゃ、おめーがブッ飛んでる奴だって事は分かるけど。でもなぁ」

「……信じられないなら信じないでいい。そう報告するから」

「あ、そうなの」

説得でもされるかと思ったが。

「ところでさ。どうでもいいけどおめー、いつまでそんな暗いトコにいる気だ?
自己紹介……は無理だろうけど、せめて顔くらい見せたらどうだよ」

「……見たら驚くぞ」

「とっくに散々、驚き済みだよ。大丈夫、大声とか出さねーから」

「……それなら明かりでも点けろ。嫌でも見える」

「ん? ああ」

何気なく、照明スイッチに触ろうと、注意を逸らしてしまったのは失敗だった。


カーテンと窓の開く音。吹きこむ風。


「しまった!」

弾かれるように駆けつけたが、既に遅かった。人の気配は消えていた。
我知らず唇を噛んだ時、窓ガラスに紙切れが貼られている事に気づいた。



   また会おう
   話はその時に



快斗は、紙を凝視して独りごちた。

「本当ワケ分かんねー奴……」






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