≪SCENE 6≫


そして問題の、退院後の休日。

「じゃあオレ、ちょっと出掛けて来るからさ」

「本当に平気なの? もう少し休んでた方が」

「ただの気分転換だから大丈夫だって。せっかくの日曜なんだし」

玄関で問うてくる母親に対して、快斗は陽気に言った。

「分かったわ。でも、あんまり遠くまで行かないようにね」

「OK、OK」

愛想良く受け答えて外出し、角を曲がって息をついた。回り右して手を合わせ、

「すまねー、おふくろ。結構遠くまで行くんだよな、ホントは」

「……それでドコに行くんだ、お前は?」

「どわっっ!!」

背後から出し抜けに例の単調な声をかけられて、快斗は大仰に振り向いた。

「おめーなぁ、一体全体何なんだよ。いきなり消えたり出て来たり……え?」

「……神出鬼没は、お前の専売特許だったかな」

意外というべきなのか、相手は快斗と同年代――高校生くらいの少年だった。細めの髪は
黒、服も上から下まで全て黒、顔の前に当ててみせている手の手袋も漆黒だった。

相手はおもむろに、その手を顔から退けた。
抜けるように白い肌をしたその顔を見て、快斗は目を丸くした。

「わ……」

「……だから驚くと言ったんだ」

一瞬、鏡を見てるのかと思った。
髪の質や目付きなど若干異なる点はあるものの、後は自分の顔そのものだった。

「そりゃ驚くよ。だって」

と、快斗は少年に歩み寄り、顔を覗きこんで、

「ほとんど素顔にしか見えねーもんな。その仮面(マスク)」

「……!」

「時々オレも趣味でやってるけど。マジでスゲーよ、コレ。自分で用意したのか?」

「……知り合いの協力による物だ。基本的にな」

「ふぅん。その知り合い紹介して……ってわけにゃいかねーよな? ハハハ」

「……自分は」

「ん?」

「……イヤ、オレとしては、お前はえらく変わってる奴だと思ってな。
お前は記憶喪失者なんだぞ。そしてオレは、そのお前の記憶を封じた人間だ。
それなのにお前は、オレの事を全然警戒しないんだものな」

「警戒ったって」

と、快斗は困ったような顔をして、

「その事情を忘れちまってるんだから仕様がねーじゃん。
それとも何か? せっかく出来たダチ相手に、しかめっ面してる方がお気に入りなのか、
おめーは?」

「……だ、ダチ?」

「これでもオレ、ひとを見る目には自信あるんだ。そんな仮面付けて声色まで作ってるって
事は、おめーにも相当ワケがありそうだけどな。ワケあり同士、仲良くしようぜ」

「……本当に変わり者だな、お前は」

「グズグズ悩むのが嫌いなだけ」

と肩をそびやかして、

「じゃあ行くぜ。どうせ付いて来るんだろ?」

「……ああ」





繁華街を通り抜けて、人影疎らな路地に辿り着く。

「何か寂れたトコに建ってるな、ジイちゃんの店って。おめーもそう思わねーか?」

と顔を向けると、またも姿がない。これで三度目だ。
快斗はツカツカと後ろに歩き、独りで塀に寄り掛かっている少年に訴えた。

「おめーな、来るなら来るで普通に来い。それじゃ尾行でもしてるみてーじゃねーかよ」

「……当たり前だろう。尾行してるのだから。大体」

と、少年は自らの顔を指差して、

「……お前の横にオレが並んだら、えらく目立つぞ。それでもいいのか?」

「ぐ」

確かに。何も知らぬ者が見れば、二人はまるで双子である。
そのじつ今も、通行人たちから好奇の視線を痛く感じる。

「ったくもう、それにしても悪趣味だよな。何もオレと同じ顔にしなくたって」

「……厳密には、お前の顔とは違うんだけどな」

「え?」

「……お前も知っている人物の顔だ。今は忘れてしまっているみたいだけどな」

「誰なんだよ、ソレ」

「……せいぜい自力で思い出してみろ」

「ちぇ」

「……ホラ早く行け。人が集まって来ても知らないぞ」

「そうかよ。そう来るなら、こっちにも考えがある」

と、快斗は右手を掲げた。指を構えて、

「ワン、トゥー、――スリー!」



――パチン!



少年は目を瞬かせた。
快斗の手にはいつの間にか、青色の帽子――いわゆるキャップが現れていた。

「ホントはオレが被るつもりだったんだけど。おめーに貸す。何ならやるよ。
コレ被ってりゃ顔は見えねーんだから、文句ねーよな」

少年は手渡されたキャップを暫しもてあそんでいたが、渋々ソレを頭に乗せた。
つばを目深に下げて、言った。

「……コレは、ドコで買ったんだ?」

「ドコだっていいだろ」

「……縫製が甘すぎる。あんまりデザインも良くないし」

「余計なお世話だっつーの! この…………ええっと」

「……何だ?」

「そういや、まだおめーの名前も聞いてなかったな。何て呼びゃいいんだ?」

「……ソレは」

「あ、本名は言えねーってやつか? なら、あだ名とかでもいいからよ」

「……一応、任務上のコードネームならあるけどな」

「何ての?」

「……一度しか言わんぜ」

と断ってから発した少年の言葉に、快斗は口をあんぐりと開けてしまった。

「は? ちょっと待てよソレ。日本語か?」

「……どうやら、中国語らしい。何なら字面の説明もしようか?」

「はぁ」

と、快斗はため息交じりに、

「発音からして降参だぜ。もういいよ、『魔術師』さんには敵わねーや」

「……魔術師?」

「正体不明の謎の男……そんな奴にはピッタリな呼び名だろ? さ、行こ行こ」





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