≪SCENE 7≫


二人は、目的地の店内へ足を運んだ。快斗はドアを開け、開口一番、

「ちょいーっす!」

「……何なんだよ、お前。その奇妙な言い方は」

「いいじゃん別に。何となく言いたかっただけ」

「――あ! か、快斗ぼっちゃま!?」

彼らが文句を言い合っている様に気づいた寺井は、急いで座席から立ち上がった。

「そ、それから御一緒のその方は……どなたでいらっしゃいますか?」

「ん? ああ、こいつオレの親友ってやつ?みたいな?感じで?まぁヨロシク」

「……オイ。お前は、本当に東京の人間か? いくら何でも軽すぎでは」

「だからイチイチ細かいんだよ、おめーは」

「――あの」

少年二人の漫才に、置いてきぼりを食らってしまっている寺井。

「あっ悪ぃなジイちゃん、今日は用事あってさ。まずはオススメのコーヒー頼むわ。
――おめーもソレでいいだろ?」

「……余計な物が入ってなかったら、ソレで」

「だ、そうです」

「ハイ。か、かしこまりました」

当惑しつつも寺井は、如才なく本日のブレンドを、カウンター席の二人に出した。

「さて、と」

コーヒーを充分に味わってから、快斗は寺井に話しかけた。

「ジイちゃん。当たり障りのない質問からしてーんだけど」

「何で、ございましょう?」

「オレあの日、どーしてあんなトコであんなカッコしてたわけ?」

「……!?」

寺井が驚くより早く、快斗の横に座る少年が激しくむせ返った。

「……お、お前な。ソレの一体ドコのどの辺が『当たり障りのない質問』なんだよ」

「そう?」

「……本当にアイツとは正反対だな。一応同じ顔や声なのに……ったく」

「……はぁ?」

「――あの。ですから」

またも放っておかれてしまう寺井に、快斗は慌てて、

「あ。マジで悪ぃ、ジイちゃん。コイツと話してると、何か漫談みてーになっちまって」

「そうなのですか?」

「ま、答えにくい質問なのかもしんねーけどよ。なら例えば」

と、快斗は店内を見渡してから、壁の一角を指した。

「あそこに飾ってあるのって、確か『キュー』って言うんだよな。ビリヤードの道具の。
あれスゲー高そうに見えるけど、どうしたんだ? ジイちゃんが買ったにしては、
ちょっと趣味が違う気がすんだよね」

「アレは……」

と窮する寺井を、快斗は逃さない。

「何だよ。この程度の質問にも答えらんねーのか? それなら、やっぱ単刀直入に
訊くしかねーじゃねーか。第一、隠し事ってーのは心身の健康にも
悪いんじゃねーのかね?」

「…………」

「だからさぁ……ちっ」

だんまりを決めこんでしまったらしい寺井に、快斗は舌打ちした。

「分かったよ。出てってやる。ただ断っとくけど、マジシャンを甘く見ると後悔するぜ」

席を立ち、代金をカウンターに置いた。隣の少年も続いて、代金を払って立った。
連れ立って歩く二人が去ってから、寺井は独り拳を握りしめていた。

……ぼっちゃま、もう良いのです。これ以上危険な真似は、どうか控えて……。





「ったくよぉ」

繁華街の赤信号で足を止めて、快斗は憤懣やる方ない態度で不満を言った。

「冷てーよな、ジイちゃんも。少しくらいなら話してくれたっていいじゃねーかよ」

「……そうかな」

「何?」

「……オレはあの人が、故意に悪意でお前に接しているとは思わなかったぜ。
寧ろ逆だ。お前を思って、慕ってくれているという感じだった。だから」

「だから?」

「……だから、かもしれぬ。オレが封じたお前の記憶は、それほどまでに重大な物だった
のかもな。命の危険を伴うほどの――イヤ、もしかしたらソレ以上の、つまり――」

「お、オイオイオイ」

思考を加速させていく様子の少年を、快斗は制した。

「おめーまで何だよ。てめーだけで勝手に納得しようとすんなって」

「……そうだけど。肝心のお前自身、まだ何も思い出せないでいるんだろう?」

「そりゃ、まぁ確かに」

「……いつか誰かが言っていた。パズルのピースは手の中に、常にあると。
オレがこの顔でお前に会うように命令されたのも、恐らくその一環のはずだ」

「その、気色悪い仮面がか?」

「……そんな感情以外に、コレを見て何も感じないのか? もしそうならば、
もう、やめておけ」

「!?」

「……お前、だけなんだ。オレの身近な人間の中で、相手の方から友達だと
言ってくれたのは。そんなお前を、オレは、失くしたく、ないから」

快斗が「魔術師」と名付けた少年は、どこか悲壮な表情を湛えていた。
どこまでも深い色をもった、その双眸。こんな顔を、快斗は前にも見たような気がした。

「……だから、もう良いじゃないか。世の中には、謎のままにしといた方が
いい事もあるんだ。きっとな」

「!」

聞いた瞬間、頭痛が走った。同時に、青に変わった信号の映る視界がぐらりと揺れた。
快斗は思わず、近くのポールに手を当てた。そんな快斗を見て、少年が呟いた。

「……あ。あか」

「へ? 何言ってんだよ。今、青になったじゃねーか。信号」

「……イヤ、その――お前のその手!」

「!!」

知って、快斗は絶句した。
自分の右手が明らかに、透けている。まるでガラス細工のように。陽炎のように。

「……そうか。そういう事か。だからオレはあんな命令を」

「何だと?」

「……オレが現在受けている命令の全文は、こうなんだ。
『対象たちを監視した上で、そして護れ』と。『対象たちに起こる異変を阻止せよ』と」

「異変?」 

「……イヤ、ダメだ。やめておこう。このような話をしたら、ますますお前は恐ろしい目に
遭いそうな気がする。そうだったらオレは、口は開かない。もう、言わない。何も」

「あのな。『魔術師』さんよ」

悩み続ける少年の独白を、快斗は遮った。

「言っとくけど、オレには『知る権利』っての有るんじゃねーの?
その結果何が起こるかは知らねーが、ソレはおめーのせいじゃねーんだし」

少年の肩に手を――透き通りつつある手を置いて、静かに言った。

「オレの事、大事に思ってくれるんだったら。なおさら正直に話してくれよ。
おめーの知ってる事、オレの知りたい事。何も全部話せなんて言わねーから。
それに何より」

ウィンクしてから、一言。

「おめーの顔に書いてあるぜ。色々話したくって話したくって、たまんねーってな」





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