≪SCENE 9≫


快斗は自宅近くの道で立ち止まり、後ろの少年に呼びかけた。

「じゃあ『魔術師』さん、今日のトコはこの辺で。どうせおめーの事だから、
また来るんだろうけど、無理すんなよ。おめーも学校とかある……のかな、一応?」

「……」

「どうしたんだよ、黙りこくっちまって。まさか体調でも悪いとか?」

「……ソレは、こちらの台詞だ」

「ん?」

「……ポーカーフェイスとやらも、大概にしろ!」

と、少年は鬼の形相で、やにわに快斗の腕をつかんだ。
服のポケットから、彼の左手を一息に引きずり出した。その手に視線を落として、言った。

「……コレは、何だ? と言うよりも……何も無い、な。完全に」

「……」

少年の指摘通り、長袖から先の左手は失せていた。輪郭も、何も無い。

「……この調子なら、右手も同じだろうな。それから、そのシャツだ。お前はさっきまで
かなり開襟にしていたよな、確か。そのお前が、何で今は第一ボタンまで
律儀に留めていらっしゃるんでしょうかね?」

「……」

「……そうだ。つまりさっき全部思い出したんだよな、お前は。もう言ってしまうけど、
お前が飲んだあの薬が相手の精神を壊せるというのは、半分当たってるけど、
半分間違ってるんだ。強い意志の持ち主だったら、幾らでも打ち破れる。
対を成している方の薬だって、そうなんだ。本当だぜ」

「……」

「……だから言ったんだ。オレは、お前を失いたくない。元々お前は、アイツと関わったら
いけなかったんだ。二つの身体をもつ、あの探偵とは」

「大丈夫だよ」

「……何が!」

「もう決めてんだよ。オレ今夜、予告状出すつもりなんだ。アイツに――最後の予告を」

「……最後?」

少年は訝し気な表情をしていたが、やがて顔を強張らせて尋ねた。

「……まさか。お前、自分から正体を明かすつもりか?」

「まぁね」

「……愚かな事を言うな! そんな事をしても、何にもならないぞ。奴等が言っている、
両者のバランスを取るための、真の方法というのは」

「だから、分かってるって」

と、快斗は幼い子供をあやすような、そんな口調で言った。

「おめーだって、知ってるんだろ? アイツがどんな人間か。だったら……
この先は、言わなくても分かるよな?」

「……あ」

「そ。要は、改めてって事。確かに、賭けなんだけど。勝てるさ、きっと。
オレ負け戦は嫌いだから。な?」

「……そうか」

快斗の呪文めいた台詞に、しかし少年は納得した面持ちになった。手を放して、

「……そう、かもしれないな。アイツなら、もしかしたら」

「だろ?」

「……そうしたら。オレがお前にするべき事は、もう無いな」

「?」

「……ココで、お別れだ。お前とオレとが出会う事は、二度とないだろう。
たとえ素顔のオレと出会ったとしても、お前は気づく事もないだろうしな」

「へぇ、そうかな?」

寂しそうな少年に対して、快斗はクスクス笑ってみせる。

「そんな事、いつ誰がドコの法律で決めたんだよ。待ってろ、絶対また逢えるから。
せいぜい覚悟しとくんだな」

「……期待せずに待っているよ」

「オイ」

「……では、オレを見つけるためのヒントを、一つだけ教えておいてやる。
ホラ、目を閉じて」

「こうか?」

「……ああ」

と、少年は快斗の耳そばに口を寄せ、そして囁き声で礼を述べた。

「!!」

愕然として目を開いた快斗のそばに最早、少年は居なかった。
完璧な消失(ヴァニシング)だった。

快斗は暫し、その場から動く事も出来なかった。

……アイツが、今言った台詞って……第一アイツ、あの話し方は……。





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