≪SCENE 2≫


「ひょっとして……」

と、青子は思いついたような口調で問うてきた。

「キッドがお父さんにあげたい物って、お仕事の手柄とかじゃないかしら。
例えば、わざとお父さんに捕まってあげるとか」

「何?」

「だって、そうすればお父さん大手柄でしょ? 他の人にも自慢できるわよ。嬉しくない?」

今にも触れそうなほどに近づいて、無邪気な笑顔で顔を覗きこまれて、
中森は複雑な気持ちになった。
確かに、捕らえられるなら何としても捕らえたい。しかし。

「そんな形の手柄なんぞ、欲しいとは思わんよ」

中森は憮然と答えた。

「奴は必ず、ワシ自身の力で逮捕する。コレは昔から決めとる事だ」

「ふぅん、そっか。やっぱり、そうだよね」

と何度も頷いてみせる愛娘の顔は、どこか喜んでいるように中森には思えた。

ソレを見て中森は、おもむろに口を開いた。

「だが、そうだな……奴とはいつか、二人で会って話をしてみたいと思う。
どんな形でも構わんから。一人の人間としてな」

語り始める中森を、青子は小首を傾げて見つめていた。

「奴は単なる愉快犯とは違う。何か重要な目的があるんだ。18年前の時に比べて、
今はその印象は一層強くなった。これでも奴との付き合いは長いからな」

「……」

「それにワシだって、いつも奴をただ取り逃がしとるわけじゃない。
ちゃんと奴の具体的な変化にだって気づいとる。
以前は絵画だろうが彫刻だろうが手当たり次第だったが、
最近はやたら宝石にこだわっとる事とかな」

「……」

「それも、その殆どは何らかの曰く付きの代物だ。極端にカラット数が大きかったり、
伝説や逸話を伴っていたり。或いはマスコミに大々的に取り上げられていたり」

「……」

「だがそんな大層な宝石は、そうそう世の中に有る物じゃない。或る程度の情報網を
駆使すれば、大方の予想も立てられる。例えば、あの牧ナントカいう女優が持っとる
スターサファイア辺りなら、奴が狙う事は十二分に考えられるだろう」

「そうなの?」

「ああそうだ。一応、お前の誕生石だったな」

「うん。私のは普通のサファイアだけどね」

と、その石の色の名をもつ青子は破顔した。

「それで? その宝石、見に行ったの?」

「まあな」

もっとも、アポイントメントを取れなかったこともあり、所有者本人には会えず終いだった。
後で彼女のマネージャーから、ほんの僅かに話を訊けただけだ。

「コレはワシの見立てなんだが、奴がアレに目を付けとる可能性は高いだろう。
何せアレの価格は半端じゃない。確かマネージャーが言っとった額は――」

記憶にある数字を述べると、青子は声にならない声を上げて固まった。

「う、嘘……。アレってそんなに……?」

「コレはマスコミにもまだ知られてない情報だからあまり言い触らさないでくれと
言われたよ。だがとにかく、アレが尋常な物じゃない事だけは確かだ」

「へぇ……」

と、青子は何故かしみじみとため息をついてから、ニッコリと微笑んだ。

「でもやっぱり、お父さんて凄いわね。そこまで頑張って調べるなんて。
さすが警部、尊敬しちゃう」

対して、話し終えた中森は無言のままだった。
というより、何か言いたそうでありながら、それでも黙っているという様子だった。

少しの間、一帯が静まりかえった。
先に口を開いたのは、青子の方だった。周りを見回しながら、

「それにしても、キッドの奴ドコに隠れてるのかなぁ。それとも青子が居るから、
ココに出て来れないのかなぁ。だったら青子、居ない方がいいのかなぁ。どうなのかなぁ」

意識しているのか意識していないのか分からないが、
少しずつ、しかし明らかに台詞が早口になってきている。

理由は簡単。妙に空気が重いのだ。圧迫感があるというか。

「うん、そうよね。もういいわよね」

と、青子は両手を打ち合わせ、一息に言った。

「お父さん、お仕事の最中なんだし。邪魔しちゃ悪いもんね。
それじゃ青子、先に帰ってるから。お父さんも早く帰って来てね」

「ああ……」

くるりと踵を返して早足で歩きだした相手に、中森は押し殺した声で応じた。
その顔つきもまた、今や完全に変わっていた。
優しい父親の顔から、厳しい鬼警部の顔になっていた。

「そうさせて頂くよ。――貴様を捕まえた後でな!」





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