≪SCENE 3≫


そう叫んでからの中森の動きは、素早かった。
懐中から閃いた「何か」が、鋭い勢いで空を切る。その「何か」は、
前方の相手の両手首・両足首、そして首へとそれぞれ一直線に伸びていき――
金属音を立てて止まった。

「きゃっ!」

つい悲鳴を上げてしまった。一度に5ヶ所にもリングを嵌められ、仁王立ちのような体勢で、
その場に拘束されてしまったのだから無理もない。

「見たか! コレぞ警察の技術の粋を集めて作られた、特別製の投げ手錠(ワッパ)!
あのICPOも推奨しとるという最新型だぞ!」

自信満々に説明しながら、中森は自分が持っている方のリングを、
自分の左手首にかけてロックした。
こちら側は一つのリングにまとめられているので、嵌める手間は一回で済む。

「え、ちょ、ちょっと何、お父さん? どういう事?」

「気色悪い芝居はやめろ」

怯える相手に投げかける中森の声に、先程までの柔らかさは最早ない。

「お前も分かっとるんだろう? ワシが貴様をキッドの変装だと見破っとる事くらい。
だから慌てて逃げようとしたんだろうが」

「――そうか。それもそうですね」

一転して、相手の声色が変わった。それこそ別人のように。
中森の知る、あの気障な悪党の声になっていた。

「考えるに、どうやらこの無粋な手錠を投げるタイミングを計っていらっしゃったようですが。
いつから気づいていましたか、我が今宵のマジックに?」

「最初からだ」

「ほぅ……」

中森の正直な答えに、けれどキッドはさほど驚いた様子もない。

「して、その根拠は?」

「刑事の勘だ、と言いたいところだが。答えはコレだ」

中森は空いている右手で、今度は携帯電話を取り出した。
番号を呼び出してかけると、電話相手はすぐに出たようで、中森は明るい声で話しかけた。

「おお、青子か。そうだ、ワシだ。――イヤ、大した用じゃないんだが、
少し気になる事があってな。どうだ、友達と旅先で上手くやれてるか?
――ああ、それならいい。じゃあ切るぞ。道中も気をつけるようにな」

それだけ言って、通話を切った。

「この通り、青子は今朝からクラスの女の子と泊りがけの旅行に出とるんだ。
にも関わらず、貴様が青子に化けて来た事が、貴様の最大の敗因だ」

「なるほどねぇ……」

と、キッドは中森に背を向けたまま、形だけの相槌を打った。

青子がこの町にいない事くらい、当の昔に知っている。彼女は事あるごとに
高校の教室で、こちらの席にやって来て大きな声で騒いでいたのだから。

『今度の週末にね、恵子と一緒に行くの。凄くいい穴場なんですって。
それで快斗、お土産って何がいい? お父さんは要らないって言うんだけど、
でもやっぱり買って来てあげたいなぁって思うし。ねぇどう思う? ねぇってば』

だから青子に化けたのだ。中森が心を砕く近しい人で、且つこの場に居ない人。
そんな人間に変装すべきだと思った。
自分――黒羽快斗に似た不審人物を見たという話は、当然ながら嘘八百だ。

「だが正直なところ確信はもてなかった。貴様の変装術はまさに完璧だよ。
だから一つ、カマをかけさせてもらった」

「……」

「調査中の宝石の名前を出してみたら案の定、貴様は興味を示してきた。
その上、貴様は致命的なミスをした。ワシにつられて『アレってそんなに』と口走った。
おかしいじゃないか。青子があの宝石を実際に見た事は一度もないはずなのに。
つまりあの言葉を言った事が、貴様がキッドであり、あのスターサファイアを狙っている
という証拠なんだ」

という中森の講釈に、キッドは舌打ちした。
確かにあの発言は不覚だった。だが仕方なかった。本当に信じられなかったのだから。

いくら宝石が希少品と言えど、適正価格という物は存在する。
需要と供給とに合った相場という物が。
けれども中には、その相場から外れた品も少なくない。今回の宝石もその一つだ。

中森はピンと来ていないかもしれないが、中森の言った値段は、あまりにも高すぎた。
キッドが今まで調べた他の情報と重ねていけば、その真相は自ずと分かる。

「やれやれ……当の持ち主も何を考えているのやら。放言するにも程がある」

「何だと?」

「いえ、こちらの話です」

と、ゴマカしてから、キッドは改めて息を吐いた。
けどムカツク話だよなぁ、と心の中で呟く。
予想していた事であっても、腹が立つのは変わらない。

率直な話、今回の仕事は少々焦りすぎていた。最も大きな理由は別にあるのだが、
盗もうと決めたのとほぼ同じ時に、別の仕事が重なってしまった点も大きい。

ざっと調べた限り、あの絡繰屋敷のダイヤモンドの方が寧ろ本命に思えたが、
仮にも一度乗りかかった舟から降りるのは、怪盗キッドのプライドに反する。
また、醜聞に絶えないあの舞台女優に一泡吹かせてやりたいという感情も密かに有った。

だから念のため、確かめておきたかったのだ。
真剣勝負に挑む価値のある標的かどうかを。
そしてその結果、その価値は完全に無くなっていた。
まさかイミテーションの宝石如きに、不老不死の神秘を秘めた石が眠っている
わけがない。

だが、それならそれで構わなかった。寧ろ願ったりというところだ。
ココからが、キッドにとっては本番だった。





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