≪SCENE 4≫


「さて……」

と、中森は投げ手錠のロープを握りしめつつ尋ねた。

「ワシとした事が、少しばかりお喋りが過ぎたようだ。今度は貴様が話す番だぞ。
貴様、今回は一体何が目的だ? こんな胡散臭い予告状を送ってきた理由は何だ?」

問われてキッドは、クスリと笑って答えた。

「ソレなら、ソコに書いてある通りですよ」

「だからソレが分からんと言っとるんだろうが!」

と、中森は声を荒らげた。キッドは泰然とした様子で、言葉を続けた。

「オヤ、分かりませんか? 警部ご本人も、先程おっしゃっていた事なのに」

「何……?」

当惑する中森に、キッドは説明した。

「お話、会話ですよ。私もこうして二人だけで、ゆっくり語り合ってみたかった。
と申しましても、貴方と私は刑事と怪盗。ただの世間話をするわけにも参りません。
では、それなら何が我々の会話には相応しいのか。
その際に考え得るのは、即ちお互いが大切にしている『情報』の交換に他ならない。
果たしてこの理論に何か間違った点は有るでしょうか。イヤ、無い」

長向上を言うと、どうしても演説めいた口調になっていくのは性根のせいか。

「警部の名推理を拝聴できましたお礼として、私の方からも差し上げましょう。
貴方の求めておられる『情報』を。
警部の読みは当たっています。
きっと明日は、この上なく素晴らしい一日になりますよ。私たち二人にとってね」

「どういう意味だ?」

「明日になれば分かります」

「フン。貴様に明日があるものか。第一、こんな無様に捕まった形で何を言う」

と、中森は自分の手首の手錠を鳴らした。

「言っておくが、今回はいつものような手品は使わせんぞ。
両手足はおろか、首根っこまで押さえられているんだからな」

「ごもっともですね。まさか、首を切り落として逃げるわけにも参りませんし」

物騒極まりない台詞を、キッドはさらりと言ってのける。

「ですから、こうします」

そう言って、つながれている右手を振りかざした。
中森が視線を向けると、キッドはその指を一本ずつ折ってカウントした。

「ワン、トゥー、――スリー!」



――ボウン!



三本目の指を折った瞬間、耳慣れない爆発音がした。

中森の手首にかけられている手錠のロックから。

「な――!?」

カシャンと澄んだ音を立て、ロックの外れたリングが落ちる。予想だにしなかった展開に、
中森は泡を食ってひざまずくものの、手錠を拾おうとした時はもう遅い。



――ポンッ!☆



今度こそ聞き慣れた小気味いい音と共に、煙幕が辺りに広がった。
煙が去った時には、キッドは中森の目の前から失せていた。
気配を察して目線を上げると、キッドは近くの街灯の上に、器用に両足を乗せていた。

先程までの愛くるしい少女の外見では勿論なく、
いつもの白ずくめのスーツ・マント・シルクハットを身にまとい、
右目には銀色の片眼鏡(モノクル)を光らせている。

「覚えていますか? 私が警部のお嬢さんとして会話していた時、
警部のおそばに近寄った事を。あの隙に少々細工をさせて頂きました。次回からは
私の側だけでなく、警部の側のロックも厳重な仕組みになさる事をオススメします」

「くっ……」

と、中森はキッドを睨めつけた。
月の逆光で分かりにくいが、やはりいつもの顔だった。娘と同じくらいに心を許している、
あの少年と同じ顔。だが、その表情はまるで異なる。あの子はあんな笑みは浮かべない。
中森は体を震わせながら、キッドを罵った。

「この外道め。快斗くんだけに飽き足らず、よりによって青子にまで変装しおって。
貴様は話がしたいなどと言っていたが、そうやって他人に成りすまさなければ、
結局何も出来やせんのじゃないか。
そんな卑怯な真似をして、恥ずかしいとは思わんのか!」

キッドは何も答えない。中森は続けて怒声を飛ばした。

「いいか。いつか必ずや、貴様のそのフザケた仮面(マスク)を剥ぎ取らせてもらうぞ。
そして貴様の素顔を、思いっきり引っぱってやる。覚悟しろ」

「……なるほど。それが貴方のお望みですか」

「ん?」

「かしこまりました。考えておきましょう。どうぞ明日をお楽しみに」

「ちょ、ちょっと待て。一体どういう事だ、ソレは?」

相手の予想外の反応に、中森は戸惑った。素顔を引っぱらせてやるという事は……。

「まさか。貴様、このワシの前に素顔で現れるとでも言うつもりか?」

「さぁ、ソレはどうでしょう」

キッドは口許に手を添えて、クスクスと笑っている。
まるで、たった今イタズラを思いついた子供のように。

奴は間違いなく何かを企んでいる。でもソレが何なのか分からない。
混乱している中森を横目に、キッドは笑うのをやめて宣言した。

「では、そろそろ私はお暇(いとま)させて頂きます。明日の準備もございますので。
今宵は誠に充実した時間を過ごさせて頂きました。この続きは、またの機会に」

「あ、待て!」

と、中森が止めるより、キッドが動く方が早かった。深々と一礼してから、言った。

「Good night, and have a nice dream.」



――ポンッ!☆



言い終わると同時に、またも煙幕が立ち込める。
煙が見えなくなった時、今度こそ相手の姿は完全に消えていた。

中森は、思わず地面を踏み鳴らした。
今夜こそ、確実に確保できたと思ったのに。必死に練習して覚えたあの投げ手錠を、
あんな簡単に外されてしまうとは。まさに悪夢だ。

と、そこまで考えてから、中森は気がついた。
30年以上の研究の下に、警察の技術の粋を集めて作られた、特別製の秘密兵器を――
怪盗キッドに持ち逃げされてしまったという、事実に。





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