≪SCENE 5≫


「にしても、スゲーもの用意して来たよなぁ。今夜の警部」

中森と居た公園から離れたビルの屋上で、怪盗キッドこと黒羽快斗は独りごちた。
手錠・足錠・首錠(という表現で正しいのだろうか?)は、全て身から外していた。
ソレら金属のリングをもてあそびつつ、快斗は今夜の出来事を思い返していた。

そもそもの発端は、やはり高校での青子との会話だった。
旅行土産の相談をしてくる中で、彼女がこんな事を漏らしたのだ。

『実はね。この頃お父さん、あんまり元気ないみたいなの。
ホラ、キッドを追っかけてるって人、最近ずいぶん増えてるでしょ。探偵の人とか。
でもソレってお父さん、そんなに嬉しくないんだと思うのよ。
だってお父さん、あんなに昔から頑張ってるんだもん。快斗だって知ってるでしょ?
なのに、ああやって後から出てきた人の誰かが、先にキッドを捕まえちゃったりしたら、
もしそんな事になっちゃったら……お父さん可哀相』

この話を聞いた時、快斗は少なからず驚いた。
高校生やら小学生やらその他諸々の探偵や刑事たちは、
確かに興味深いゲームの相手ではある。
しかし、最後に笑うのは常に自分だ。あの中の誰にも捕らえられるつもりは決して無い。
たとえ何者であっても、この怪盗キッドを捕縛できる者など考えられない。

でも、それでも強いて挙げるなら。本当の本当に誰か一人に逮捕されなければ
ならないとしたら。もしそうなったらその時は、快斗は迷わず中森を選ぶだろう。
中森こそ、快斗にとって一番最初の、かつ最大の宿敵なのだから。

快斗がスターサファイアの件を急ぎすぎた最大の理由は、実はこの辺りの
事情だったりする。今夜ああして予告状で呼びつけたのも、落ち込んでいるらしい中森に
発破をかけてやりたかったからというのが本音だ。

けれど、その心配は杞憂に終わった。中森は変わらず冴えていた。
寧ろ磨きがかかっている。
自分が今あの宝石に目を付けていた事まで調べるなんて凄いじゃないか。
それでいて、詰めの甘いヘボな所も相変わらずなのは笑えるけれど。

やはり明日は予定通り、標的に予告状を出しに行こう。警部の推理、当てさせてやる。
どうせなら派手にやりたい。いっそ予告状に、大きな花束でも添えようか。

それから、今夜中森と交わした約束も守らなければいけない。
だから明日は、限りなく素顔に近い姿で接してやろうと思う。

自分は似てるとは断じて思わないが、旧くからの知人である寺井さえ似ていると評する
あの男。あの高校生探偵になら、一度ならず変装した事もあるので楽勝だ。
最初の計画だった、警官などへの変装に比べれば、却って自由に振る舞える。

それに目下行方不明中(でもないのだが)の人物だから、本人と鉢合わせする
危険性も皆無だ。
ただ代わりに、あの例の幼い少年が関わってくる可能性も高いが、その時はその時。
ついでにからかってやっても良いだろう。ただし、あくまでもスマートなやり方で。

そしてその後は、そう、あんな形で驚かせて……。

そんな風に計画を練っている内に、何だか懐かしい気持ちになってきた。
思えば、こんな胸踊る気分で心置きなく暴れまくるのも久しぶりだ。

そうだ。大事な事を忘れかけていた。自分は怪盗であると同時にマジシャンなのだ。
謎と夢を紡ぐ芸術家とその観客との間に、小難しい理屈は要らない。
窮屈な本格ミステリの世界は、その世界の住人たちに任せておけばいい。

自分が本当に欲しい人は一人だけ。生涯のライバルは一人だけ。あの人だけ。

「貴方だけは、最後の最後までお付き合い願いますよ。中森警部」

月の光を浴びながら、白銀の翼――ハンググライダーを夜空に掲げた奇術師は、
この世の誰よりも幸せそうな顔で、そう囁いた。





なお、この翌朝以降、天地の引っくり返るような大騒動が連続して
巻き起こっていくのだが――ソレはまた、別の話。


〈了〉





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