VS名探偵

≪ACT 1   接触≫



「毛利小五郎だぁ!?」

オレ・黒羽快斗は、我ながらバカみたいな大声で、相手の台詞を繰り返した。

「そうよ、今話題の名探偵よ。いつも新聞読んでるのに知らないの?」

「知るかよ、そんな変な名前の奴なんか」

疲れきった顔を向けてやる。回した傘から、雫が横に散った。
まったく、やっと高校じゃ春休みに入ったってのに、どうしてこんなに雨ばっかしなんだよ。
オマケにこんな女と渋谷なんかをブラブラと……。
ついでに博物館の下見も出来たから、まぁ良かったけどさ。

「大体おめーはミーハーなんだよ。よくもまぁ次から次へと」

「何よ、いいじゃない」

我が幼なじみの腐れ縁・中森青子は、そう言ってむくれて、

「それにね、快斗みたいに泥棒なんかに憧れてる人に、
文句言われる筋合いはありませんよぉ、だ」

「人聞きの悪いこと言うなよ。オレは、警察は無能すぎるって言ってるだけだぜ」

と、オレは青子の間違いを正した。

「そうそう、そういや確か他にもいなかったっけ? おめーが惚れてるの」

「惚れてる……って、何言ってんのよ!」

赤い顔で怒る青子。

「でもそういえばあの人、どうしたのかしら? 最近ニュースでも聞かないけど」

「どっかで死んでたりして」

「もう」

スクランブル交差点に差しかかる。
点滅し始めている青信号を気にしつつ、人込みを縫って進んで行く。

ヒドい混雑ぶりだ。誰も彼も傘を広げてて、狭苦しいったらありゃしない。
一人で二人分くらい占めてるんだもんな……。

そんな事を考えてる時だった。邪魔くさい女二人が、目の前の通り道を塞いでる。
ぶつかりそうになった傘を、オレは素早く退いた。その横を擦り抜ける。

「アラ?」

「どうした、青子?」

と、オレは尋ねた。青子は渡り終えた横断歩道(当然、信号は既に赤)を振り返っていた。

「うん。何か今の人、快斗の顔見て驚いてたみたいに見えたの」

「オレの顔?」

「ねぇ快斗、あんた」

「何だよ」

「何か悪い事したんなら、今のうちに言いなさい」

「ばっ、バーロォ! ザケたこと言ってんじゃねーよ」

「ハハハ、冗談だってば」

と、青子は明るく笑った。

……オレの気も知らないで。





「コレですか、その『Black Star』というのは」

「そ」

3月31日、午後。快晴。
町外れのビリヤード場・「ブルーパロット」のカウンター席で、
オレはコーヒー片手に答えた。

話相手を務めてくれているのは、ココのマスターにして、
オレの正体を知る唯一の男・寺井さん、通称ジイちゃん。
その手に持っているのは、今回の標的・「Black Star」───の、精巧な模造品だ。

銀の台座のブローチ。主役は、色濃く輝く大粒の黒真珠。なんでも、
とある財閥の家宝なんだとか。
まぁ、そんな事はオレにとってはどうでもいい事だ。
大事なのは、ソレがオレ──怪盗キッドが狙うに相応しい代物かどうかって事だ。
オレは、この前その家に送った予告状のコピーを眺めた。





   April Fool
   月が二人を分かつ時
   漆黒の星の名の下に
   汝にいざなわれて
   我は参上する      怪盗キッド





たまにはこういう凝った文面も面白い。
果たしてこの文意を読み取れた人間は、関係者に何人いただろうか。

「追加情報の方は?」

「コレです」

渡された紙の束を読む。青子が言ってたナントカって探偵のデータだ。
毛利小五郎。元警視庁捜査1課刑事。今まで解決した事件は、美術館経営者殺人事件、
伊豆沖孤島連続殺人事件、千葉県警刑事の摘発……こりゃ凄腕だ。

「ん? 何だよ、この『備考』ってのは」

「関連する人物のデータです。念のためと思いまして」

「ふぅん」

パラパラと捲る。見たところ、白馬探の奴の偽者みたいのとか、
小林少年の偽者みたいのとかが書いてある。
こんなのは後回しだ。家に帰って読もう。もうすぐ今日のメインイベントの時刻だ。
オレは、先日、米花博物館に仕込んだ盗聴機の受信スイッチを入れた。





『おお、毛利探偵、ようこそおいで下さいました』

張りのある声がする。宝石の持ち主の、鈴木財閥会長さんの声だ。

『この度は娘の我がままを聞いて頂き、ありがとうございました。
名探偵のあなたに来て頂ければ百人力です。期待してますよ、毛利探偵』

『なに、たかがコソドロー匹。この私が簡単にお縄にして御覧に入れましょう』

と、相手が応じる。コイツが噂の名探偵だな。

『コレが世界最大の黒真珠・『Black Star』ですな』

『ええ。私の祖父がこの真珠を購入して以来、鈴木家は繁栄の道を進んで参りました。
言うなれば我が家の護り神です』

『ほう……』

毛利探偵、ため息。

『それにしても、やけに物々しい警備ですな。まだ予告日の前日だというのに』

『ハイ。予告状から読み取れたのは日にちのみ。ですから今晩から泊りがけで
警備にあたられるそうです。いつドコから怪盗1412号が来るとも知れませんので』

どーでもいいけど……何なんだよその電話番号みてーな呼び方は。
警察のシークレットナンバーだか何だか知らんけど。
ちゃんと「キッド」って言ってほしいね。

『川だ!』

野太い声が響いた。確かコレは、警視庁の茶木警視って人だったかな。

『怪盗1412号は、この博物館のそばを流れる堤無津川からココに侵入する気だ。
川側の警備に人員を割けと言っただろうが』

『堤無津川、ですか?』

『ええ』

鈴木会長に問われて、力強く答える茶木警視。

『予告状の「波にいざなわれて」は、堤無津川の流れに乗って来るという事です。
この近辺で波立つ場所は、堤無津川しかありませんから』

と言った途端――――いきなりの爆笑。

『お、お前は確か1課にいた毛利……』

『甘いですな、警視殿』

『何?』

『分かりませんか?』

と、笑った名探偵は、勿体ぶったように一拍置いてから、

『波と言えば海、海と言えば沖、そして星と言えばスター。つまりコレは、
明日からこの近くの米花公会堂でライプをやるアイドルスター・
沖野ヨーコちゃんの事です』


──ぶっ!


「ぼっちゃま……」
「あ。悪い、ジイちゃん」

顔がまともにコーヒーまみれになったジイちゃんに、オレは慌てて謝った。

『更に彼女のライブのラストソングは決まって『ムーン・レディ』。つまり怪盗1412号は、
ライブが終わる明晩9時頃、米花公会堂近辺からやって来るわけです』

という毛利探偵の力説とは裏腹に、オレの全身からは一気に力が抜けていく。

……こ、コイツ……ただのヘポだ……絶対ヘボだ。

その上。

『確かに一理あるな』

『さすが毛利名探偵だ』

『よし、C班からE班を米花公会堂周辺に集結させろ』

『ハイ』


──どばしっ!!


「大丈夫ですか?」

「ああ……」

コーヒーまみれの顔のまま、オレは無気力に答えた。まともに椅子から床へ
仰向けに引っくり返り、そのためカップの中身(冷めててよかった)を引っ被ったのだ。
オレに完璧に絶望されてる事も知らず、皆は話を続ける。

『ところで、先月配属されたアイツはどうした?』

『警部なら部下を連れて、今朝からどこかへ出ていますが』

『例によっての独走主義か。まったく、この非常時に』

『それより警視、もう2時ですよ? 近くで食事でもとりませんか?』

その会話に、オレはやっと安心した。さずがに我が宿敵の目までは曇ってないようだ。
オレは起き上がり、椅子に座り直した。ジイちゃんから濡らしたタオルを
受け取った。顔を拭きながら、他の声にも耳をそばだてる。

『何してんの、コナンくん?』

『時計で方角を調べてんだよ』

『方角?』

高い声、二つ。一つは少女。もう一つは、幼い少年。

『まず時計の短針を太陽に向けるんだ。日本は北半球だから、
その短針と文字盤の12との中間にある方角が真南になるわけさ』

と、少年は少女に応じてから、今度は早口で、

『あ、もちろん新一にいちゃんに聞いた事を試してみただけだけどね』

『ふぅん』

オレは、タオルの手を止めた。
少年はうまい具合に、盗聴機のある壁の近くにいる。だから小声も聞き取れる。

『となると……南は1時の方向だから……南西は……』

嘘、だろ? 下手な刑事や探偵より、よっぽど有能しゃねーか。
いったい何者だ、コイツ?

少年の、ため息が聞こえた。──まるで物憂い大人の男のような。
そして。

『ねぇ、もう帰ろうよ。こんなトコ居てもつまんないよ』

『え?』

『じゃ、ボク先に帰るから』

それきり、少年の声は聞こえなくなった。言葉通り帰ったんだろう。
オレは盗聴機のスイッチを切った。もう聞くべき内容はなかった。
改めて追加情報のページを繰る。毛利探偵から先の「備考」を熟読した。

工藤新一。帝丹高校2年。小説家と元女優の息子。
弱冠17歳にして、警視庁捜査1課の探偵を務める。
最近、謎の失踪。現在では死亡したという説も流れている。

江戸川コナン。帝丹小学校1年。毛利探偵の扶養家族。
クラスメイト三人と共に少年探偵団を結成。
イタリア強盗団摘発、一卵性双生児殺人事件などの解決を手掛ける。

続いてそれぞれの人物写真(ポートレート)に目を移した。どれも雑誌の切り抜きだ。
1枚目は無視。2枚目と3枚目を、オレは見比べた。それからジイちゃんに、

「どう思う?」

「どうって……」
新たなコーヒーを出してから、ジイちゃんは2枚目を指して、

「こちらの人物、ぼっちゃまに似てますな」

「そうかぁ? オレ、こんなにツンケンしてねーよ――って、そうじゃなくて。
オレが言ってるのは、この二人の事だよ」

「二人?」

「別に兄弟とかでもね一んだろ、コイツら?」

「ええ。血縁はないようですが」

「ふむ」

唸って見つめる。ガキの方は眼鏡をかけてるから自信はないけど、似てる。
ドコが、って聞かれても困るけど、とにかく似てる。

「ジイちゃん。調査の継続頼むわ。この二人について洗ってくれ。大至急だぜ」

「毛利探偵の方は?」

「ああ……。いいよ、あんなの」





そろそろ、だな。
ただいま時刻は午後11時ジャスト。「4月1日」が始まるまで、あと1時間。
オレはもう一度、身支度を確認した。
スーツ、マント、シルクハツトは全て純白、染み一つない。
シャツもネクタイも崩れてない。片眼鏡(モノクル)は右目に嵌まってる。完璧だ。
程良い緊張、そして密かな期待と共に、オレは出発した。





強風が頬をなぶってくる。
オレは今、東都タワーから杯戸シティホテルを見据えている。時刻は0時25分。

え? なに寄り道してるんだ、どうして米花博物館に行かないんだ、って?
そういう事を言う前に、あの予告状の文章をよく読んでくれ。
あの暗号を解くキーワードは、月が分かつ「二人」。アレは人工衛星と太陽の事。
つまりオレが現れるのは、衛星放送が中断する「食」──深夜0時半以降ってわけ。

分かり辛い表現するって? ちゃんとヒントは出してたさ。
「B(lack)S(tar)の名の下に」ってね。
よって「波」とは勿論、衛星放送の電波の事。その電波は南から西に45度、
水平線から上に42・3度の方向から送信されている。
米花博物館からソレに該当する場所が、即ちあのホテルなのだ。

オレは意を決して、鉄骨の足場を蹴りつけた。
ふわり、と体が風に乗り、空を切る。ハンググライダーの調子も良好だ。
順調に進んで行く。目的地が次第に近づいて来る。
そんなオレの視界に、人影が一つ見えてさた。
目当てのビルの屋上。その真ん中に、小柄な──もっと言えば、チビな──
奴がしゃがんでいる。
間違いない。アレが問題のガキだ。そう思った時だった。

「!?」

オレは思わず目をしばたたかせた。ほんの一瞬、とんでもない幻が見えたのだ。
そこにいたのは子供なんかじゃなかった。オレと同じくらいの背格好をした、
一人前の男だった。鋭い刃物のような気配を、背中から強く放っていた。
オレのその驚さが伝わったのかどうなのか。相手はビクリと肩を震わせた。
そして、ゆっくりと振り向いた。
まだ男と呼ぶにはあまりにも幼い少年は、半ば茫然とした表情で、
目の前に降り立ったオレの事を、しゃがんだまま見つめ返していた。





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