≪SCENE 6≫


「オイ。オイったら。いつまで転がってやがんだよ、こんなトコで。――服部!」

「ん……?」

何かで突つかれている事を感じながら、平次は目を覚ました。
取りあえず起き上がって、周りを見てみる。

平次が倒れていたのは、玄関の床だった。そしてそんな平次を突ついているのは、
自分のそばに立つ、サッカー好きな家主の爪先。
ボールでも移動させるかのように、小さな体の小さな足を動かしている。

「ったく、一体全体なに考えて生きてんだよお前は。ひとが家で仮眠してて、
いざ外に出ようとしたら、いきなりこんなトコで寝てやがって」

「かっ、仮眠? ココでか?」

「バーロォ、誰が玄関でなんて言ってるよ。自分の部屋に決まってんだろ」

と、工藤新一こと江戸川コナンは、立っても埃もはたかぬ平次に、呆れ顔で言い返す。

「あ。……って事は、さっきオレが起こされた物音ってお前だったんだな。
けたたましい騒音のせいで飛び起きちまったぜ、こっちは」

例によって例の如く、相手の都合は全く考えてないその口ぶり。
普段通りの、平次の知っている彼だった。

平次は急いで、錯綜している記憶たちを整理した。
まず自分は先日、彼に電話で招かれた。是非とも直に会って話したい事があるのだと、
どこか舌足らずな口調で頼まれた。それで休日である今日、こうして彼の自宅を訪れた。
そして――。

「あんなぁ、工藤。オレ一つ聞きたいんやけど」

「何だ?」

「あの、そのな」

と、平次は目を泳がせつつも、率直に質問してみた。

「オレが何で今ココに居てるんか……お前知っとるか?」

「はぁっ?」

と、コナンは、顔中を口にしかねないほどの大声を上げて、

「そんな事オレが知ってるわけねーだろ。いつもいつも、お前の方から押しかけて
来るんじゃねーか。今回だって、また予告無しでさ。挙げ句に『何で』って何だよソレ」

早口でまくし立ててから、口許に手を当てて、

「イヤ、ひょっとしてお前……転んだ時に頭でも打ったのか? なら、とっとと病院行けよ。
頭とかの損傷ってヤバイんだから。専門家に診てもらわねーと」

「……ほぅ、言うたな」

「え?」

戸惑うコナンに、平次はニヤリと笑みを浮かべて、

「これしきのボケで、そこまで反応するとはなぁ。やっぱお前、大阪には住めんわ」

「な――、何だとこの! ひとが気づかってやれば、そう来るかよ」

と、コナンは目を吊り上げてから、宣言した。

「決めた。今日はお前、この家に入れない。絶対に入れない」

「へっ? ちょお待ち! 堪忍してぇなそれ。博士ん家も探偵事務所も留守で、
そんでお前にまで閉め出されたら、オレ路頭に迷てしまうやん」

「って何で、そんな事まで知ってんだよ。ひとの事勝手に調べやがって」

伝えた覚えのない情報を言われ、思いきり顔をしかめる。息を吐いて、

「それなら。行くトコねーなら。そのまま帰れ。西へ」

「あ、アホ抜かせっ! オレ毎回なんぼ旅費かかっとる思てんねや。
しかも毎度毎度トンボ返りで。体操選手ちゃうんやどオレ」

「だからそのワケ分かんねー日本語遣うのは、やめろ!
翻訳してるオレの気持ちも考えろよな」

「せやからお前のしとる事はツッコミなんやて、オレは言うとるやろがっ!」

「オレは漫才師じゃなーいっ!」

玄関先での二人の口論は、いつまでも終わりそうになかった。





平和な空気が、そこにあった。







   しゃぼんだま とんだ
   やねまで とんだ
   やねまで とんで
   こわれて きえた

   かぜ かぜ ふくな
   しゃぼんだま とばそ







〈了〉


《筆者注》
この話で、”彼”が述べている「自己同一性障害」というのは、
本来は「解離性同一性障害」と言います。
述べている”彼”本人が言い間違えている、と解釈して下さいませ。





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