nightmare Part 1

オレは追われていた。
時は真夜中、所は廃墟と化したビルの群れ。
ひび割れたアスファルトに足を取られつつ、オレは逃げていた。
何が何だか分からなかった。
なぜオレは走ってる? 奴は誰なんだ? ココはドコなんだ?
答えの決して出ない問いを、自分で自分に問い返す。
今一体、いつなんだ?
腕の時計を見てみて、しかしオレは失望した。
砕けた文字盤、折れた針。もちろん動いてなどいない。
忘れてた。さっき転んだ時、どこかにぶつけて壊れたのだ。
オレはため息をついた。自分の足が止まっている事に気がついた。
いけない、行かなきゃ。奴が来る。
走りながら、ふと好奇心に駆られた。
ちょっと後ろを向いてみようか? 奴の顔を見てみようか?
一瞬だけ思って、だがオレは慌ててかぶりを振った。
奴相手に、そんな余裕は見せられない。だから逃げているんじゃないか。
そうだ、止まるな、振り向くな。走れ、走るんだ。
でもオレの努力は報われない。奴の足音が聞こえる。奴が来る。
嫌だ、来るな、来るんじゃない。オレを見るな、オレに触るな。
必死の叫びも抗いも、奴には全く通じない。
もがく腕を、捕まえられる。骨が軋むほどの、握力。
悲鳴を上げそうになった時、不意に痛みが消えた。
しめた、手が動く。奴が持ってるのは、上着の袖だけだ。
上着を脱ぎ捨てる。身軽になったオレは、また走り出す。
違和感があった。
妙に疲れる。息が切れる。スピードが落ちている。
イヤ、余計な事は考えるな。ともあれ進むんだ。悩むのは後でいい。
無限に連なる迷路のような道は、やっと終わろうとしていた。
間違いない。こんな高い塀は、見覚えはない。
遠くに、明かりがポツンと見えた。
よかった。あそこに着けば助かる。皆が待っている。
オレは大地を蹴り、跳んだ。輝く出口に手を伸ばした。
しかし光はつかめなかった。右手は空振りし、オレは前へよろめいた。
その時だった。足元の感触が忽然と消え去った。コンクリートも、地面もなかった。
刹那の浮遊感。そして光点は、天高く飛んで行った。
下へ、下へ、下へ、下へ。文字通り「落下」していく。
目を閉じているのと変わらない暗闇。にも関わらず、視界の奥に人影が見えた。
オレとは逆に、下から上へ高速でのぼってくる。どんどん、こちらへ近づいて来る。
待てよ。このままいくと、オレと衝突しやしないか?
よけたくても、よけられない。方向転換なんか出来やしない。
ダメだ。あんな小さい子に怪我なんて――。
そう思った途端、派手な音が響いた。カケラが八方に飛び散った。
オレとぶつかった相手の姿が、それら全てに映っている。
オレの胸に刺さっている、一番大きいカケラにも。


オレが突き破った物。それは――鏡。





彼はベッドから身を起こし、口を押さえつけた。

……何だ……今のは?

自問しても、何も思い出せない。目を覚ました途端、夢の内容は記憶から
失せてしまった。今残っているのは、耐えがたい吐き気のみである。

――とにかく着替えなきゃ。授業に遅れる。

彼は、のろのろと床へ下り、高校への身支度を始めた。


彼が組織によって忌まわしき魔法をかけられる、三日前に見た悪夢である。


〈了〉


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