nightmare Part 3

走りにくくてならなかった。
月も星もない真っ暗闇。コレがまず気に食わない。
懐中電灯でもあればいいのだろうが、あいにく持ち合わせてはいなかった。
それに何より、この足場の悪さときたら――!
雨でも降ったか霜でも解けたか、ぬかるんで仕様がない。
ボヤボヤしていたら、あっという間に足下をすくわれてしまう。
オレはよろけながらも、前の方に目を凝らした。
アイツの背中が見える。必死に走り去ろうとしているのが分かる。
けれどアイツが何を考えているのかは、オレにはサッパリ分からない。
ほんの一瞬前、立ち止まっていたかと思えば、今はまた逃げている。理解に苦しむ。
一方オレの方は、目的はシッカリとある。アイツを止めるという使命がある。
このままだと、アイツは戻れなくなる。絶対に誰の手にも届かない所へ行ってしまう。
それだけは防がねばならないのだ。
ああ、それにしても調子が出ない。息が続きやしない。
そうか、ガラにもなく、ネクタイなんか締めてるからだ。
引っぱって外し、シャツのポケットに押しこむと、やっと楽になった。
堅苦しいのは、やっぱり性に合わない。
オレ達の距離は、いつまで経っても縮まらなかった。
頼む、止まってくれ。こっちを向いてくれ。後生だから、走るのをやめてくれ。
歯を食いしばり、オレはスピードを上げた。そいつの元へジャンプした。
とうとう追いついた。オレは、そっとそいつの腕を取った。
やった、ついにやり遂げた。今度はお前が、オレの背中を見る番だ。
そう思った途端、急に手応えがなくなった。
そいつはまるで魔法のように、オレがつかんだ自分の上着から擦り抜けた。
そして、またもや駆け出した。
ああ、ダメだ。逃げるな、消えるな、戻って来るんだ。
叫ぼうとして、けれどオレは変な気分に襲われた。
今向こうに走って行ったのは、本当にアイツだったのか?
それにしては、ずいぶん小柄ではなかったか? アレは、一体……?
オレは複雑な気持ちで、下ろしていた右腕を持ち上げた。
アイツの上着は、ちゃんとオレの手にあった。暗闇と同じ色の、アイツの――。
イヤ、違う。コレは、

奴等のだ。オレが追ってる――イヤ、追われてる?

――ミツケタゾ。

機械的な声が、頭の中に響いた。そして次の瞬間、事は終わっていた。
ナイフは既に胸から抜かれ、オレのシャツは真っ赤に染められていた。
ぽっかりと開いた穴、虚ろな痛み、冷たい熱……。
ぐらりと体が傾ぐ。そんなオレを、他人事のように見ている者がいる。
オレだ。オレがオレを見ている。刺された方のオレは胸を押さえて、顔を歪めている。
顔を紙のように白くして、瞳を大きく見開いて。
誰が、だって?
違う、オレではない。コレは、今オレの前で果てようとしているのは



「工藤!」
自分の声の大きさで、彼は目が覚めた。
時計を見ると、まだ夜明け前だった。起きるには早いが、寝直すには遅い。
どうにも中途半端な頃だった。
もっとも、今の状態で寝つけるとは思えなかったが。

……アカン……何つう夢や。

ぐったりと脱力する。内容を推し量ってみようとも思うが、如何せん頭が働かない。
何も考えられはしなかった。

「やめた方がええんかなぁ……」

だが、いまさら計画を変えるわけにもいかない。誘う事は前から決意していたのだ。
忘れよう、と独り彼はかぶりを振った。


彼の盟友が自分の郷里にやって来る、その三日前に見た悪夢である。


〈了〉


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