事実こそ我が全て。

成歩堂は『さらば、逆転』において、
御剣の失踪に怒りを表していたのは、彼に裏切られたと思ったからだと語った。
裁判に負けた事が悔しくて逃げたんだろうと。


けれども。
第1作をクリアしている方々は、この説明に少なからず違和感を持ったはずだ。


そもそも第1作での御剣は、厳密には一度も負けていないのだ。

確かに形式上では、『逆転姉妹』『逆転のトノサマン』とで、御剣は成歩堂に敗北している。
だが、冷静に思い出してみよう。

『逆転姉妹』で、真犯人に最後通牒を叩きつけたのは、千尋である。成歩堂ではない。
それどころか、当時の成歩堂は、御剣の作戦によって完全に追いつめられてしまっていたわけで。

『逆転のトノサマン』に至っては、真犯人の証言への突破口を開いたのは、御剣本人である。
より正確には、この事件は、成歩堂と御剣の二人で一緒に解き明かしたというべきだ。

コレらのドコが「御剣の敗北」と言えるだろうか。


更に挙げれば、『逆転、そしてサヨナラ』で、ラスボス狩魔豪にトドメを差したのは果たして誰か。

証拠の銃弾を守り抜いた真宵。
もう一つの銃弾を見抜いた成歩堂。
そして、15年もの間、何者かの悲鳴をはっきりと覚えていた御剣。
この全員である。
この内の誰が欠けても、この事件は決して解決しなかったはずだ。
(灰根を確保した糸鋸や、ボート殺人の現場に居合わせた矢張なども含まれるかもしれない)


にも関らず、御剣が失踪した事情。
ソレは、第1作をクリアしている方々ならば、自ずと分かるはずだ。

御剣「”もしかしたら、自分は父親を撃ってしまったのかもしれない”
   ”自分は罪人かもしれない”
   ……私は、そういった自分を罰する意味もあって検事になった」

(『逆転、そしてサヨナラ』より)

この通り、御剣が信念を曲げてまで検事になったのは、
15年前の「DL6号事件」の経緯が前提だった。

しかし、その前提は全て、一瞬の内に叩き壊されてしまった。
突然現れた、新米弁護士の手によって。
こんな出来事が起こってしまったら、世を儚みたくなる気持ちも分かる。


要するに、遺書としか思えないあのメモは、御剣なりの辞表だったわけである。
自分を見つめる旅に出るので探さないでくれ……という次第。
(どう見ても辞表の形になってないが、ソレがまた御剣らしさかもしれず)


しかし、そういった御剣の一番深い部分を、成歩堂は理解できない。
もっと言ってしまえば、理解しようという意識がない。

もしかしたら第1作での成歩堂は、「DL6号事件」が解決すれば、
物事は全部良い方向にだけ進むんだ、と単純に考えていたのかもしれない。
御剣は笑顔を取り戻し、そして何事もなく普通に付き合えるようになるんだと。

そんな成歩堂に言わせれば、
「たかが自分の全人格のアイデンティティが崩壊するような事件に巻きこまれたくらいの事で、
皆の前から逃げるなよ」……という理屈になるのかもしれない。


というより、いっそ――「何で、このぼくに相談してくれないんだよ!」みたいな感じ?


って……そう考えてしまうと、何だか急に痴話ゲンカじみてくるよーな気も。

分かりやすく例えてみるなら、
「一身上の都合で実家に帰っている姉さん女房と、
その妻の態度を理解できずに逆上している年下の夫」?

あるいは逆に、
「個人的な用事で飲み歩いて帰って来ない旦那様と、
その夫の態度を理解できずにヒステリックになってる嫁」?

……どっちの方がイメージに合っているかは、貴方のご想像にお任せします。


閑話休題。
ともあれ、成歩堂にとっては、
なぜ御剣が消えようと思ったのかという「理由」よりも、
御剣が消えたという「事実」の方が、遥かに重要なのだ。
言うなれば、冷厳な合理主義者の気質が、成歩堂の中には潜んでいるのだ。


もっとも、そんな成歩堂だからこそ、第1作では、
御剣の悪夢を信じる事もなく、本当の真相を誰よりも早く見通す事が出来たと言える。


彼にとっては、客観的な事実こそが全てなのだ。
本来は形のないはずの「友情」や「愛情」などに関しても、全て。


全ての真実は法廷記録だけが知っている。ソレが、『逆転裁判』世界の絶対的法則。

その主人公にしてPC(プレイヤーキャラクター)である成歩堂は、
その法則に、誰よりも忠実に従っている人なのかもしれない。




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