5.

「…………痛って!」
 我に返ったぼくが最初に感じたのは、痺れるような頭の痛みだった。
 青空がよく見える。
 自分の体勢を確かめると、芝生に寝転がっていたようだ。
 服のあちこちに、葉っぱがくっついてしまっている。
 取りあえず体を起こしたら、すぐそばに真宵ちゃんが座っていた。
 真っ青な顔をして、右の拳を握りしめている。
「だ、だ、大丈夫? なるほどくん。無事?」
「えと。大丈夫……かな。ちょっと頭がズキズキするけど」
 ぼくが言い終わるより早く、真宵ちゃんは、わっと叫んでぼくにしがみ付いてきた。
「やった! 良かった! なるほどくんが元に戻ったあああっ!」
 がくんがくんと揺さぶられて、また芝生に倒れてしまいそうになるのを、ぼくは何とか堪えた。
「ええっと……」
 ぼくは自分の記憶を思い返した。
 確か、走って行く真宵ちゃんを追いかけて、車を見て危ないって思って……その先から急にあいまいになる。
 記憶に無いというよりも、むしろ記憶が無い。
「あ。あの。真宵ちゃん。その。ぼくは……」 
 ぼくがしどろもどろになるのを、真宵ちゃんは面白そうに眺めている。
「いいよ、もう。詳しい話は、さっき全部聞いたから」
「全部……?」
 って事は。アレやっちゃったのか? ぼくは。真宵ちゃんの前で。
 どうしよう、秘術だから止められてたはずなのに。
 何やらかしてんだぼくは!
「大丈夫。未完成の術を人前で見せた事は、黙っててあげるから。
 懐かしいなあ、あたしもお姉ちゃんを呼んでた最初の頃は、けっこう怒られたもんだっけ」
「って、怒られるだけで済む問題なのか?」
 今となっては、如何に真宵ちゃんが危険な事をしていたか実感できる。
 他者を呼び寄せるというのは、自分の心身を完全に無防備にしてしまうという事なのだから。
「でもでも、そういうなるほどくんこそ、まだまだ危なっかしいよ。
 今のままじゃ、力が暴走してる状態と、あんまり変わんないんじゃないのかな」
「それは……、ごもっともな話で。
 けど、ぼくとしては自分の身は自分で守りたいから。
 だから一大決心したんだし、近い内には何とかなるさ。っていうか、何とかする」
「何とかって言っても……大変だよ? あたしだって、まだ一人前になれてないのに」
「そうだね。苦労すると思うよ。だから――協力してほしい」
「え?」
「別門ながら、きみはぼくの先輩にあたるんだからね」
 改めて、よろしく。
 全部バレたなら、もう開き直るまでだ。
 毅然と頭を下げたぼくに、真宵ちゃんは呆気に取られてから、盛大に吹き出した。
「何それ。……よーし、どんとあたしに任せなさいって!」
 真宵ちゃんは、ぼくの手を取って、輝く笑顔でそう言った。
 本当の意味で元気よく喋る彼女の話を聞くぼくの視線の先で、茂みがざわざわ動くのが見えた。
「まあ、何という事でしょう。
 これは素晴らしい奇跡が起きましたよ、ヤッパリさん!」
「ああ。そりゃまあ、成歩堂は起きたな。今。何か寝てるトコ、いきなりマヨイちゃんに殴られて」
 本人たちはコソコソ話してるつもりなんだろうけど、明らかに聞こえてる。
 真宵ちゃんも、春美ちゃんと矢張に気づいて立ち上がった。
「どうしたの、はみちゃん? あたし達の話なら、もう終わったよ」
「それでは……、真宵さまは、なるほどくんと仲直りなさったのですね!」
「うん。心配かけてゴメンね」
 真宵ちゃんは、春美ちゃんの頭を撫でてから、ぼくの方に向き直った。
「ささ、なるほどくん。今から遊び直しだよ!
 せっかくバンドーランドに来たんだから、四人みんなで楽しまないとね!」
「はい、存分に楽しみましょう!」
「おお! って事は、オレも人数に入れてくれるんだなマヨイちゃん!
 オレも男だ、皆まとめて面倒みるぜ!」
「言ったな矢張。真宵ちゃんの分の食事代、せいぜい覚悟しておいてくれよ?」
「あ、その辺はお前とワリカンで」
「いまさら取り消すなっての」
 その後は、いつものじゃれ合い。
 大いに騒ぎ、大いに笑う。
 ぼくは、仲間たちと一緒に歩きながら、青空を見上げた。





 こうして、人々はいつまでも幸せに暮らしました。
 めでたしめでたし。





 物語は必ず、この文言で終わらなくちゃいけない。
 少なくとも、ぼくはそう信じている。

 これからも、ずっと、みんな一緒に生きる。
 ぼくの決めた、それが最後の一つの答えだ。

〈了〉




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