ある年の ある夜に。

「……なあ。昔話になるんだけど。聞いてくれる?」
「肴にならん話ならお断りだぞ? もう夜も遅いしな」
「つまらない話じゃないと思うよ。
 ええと、どれくらい前になるかな……。
 変な夢、見たんだよ。ぼく」

「夢?」
「そう。ただの夢。だけど、何度も繰り返し見せられた」
「それは……、かつての後悔した過去を思い出させられたという意味か?
 それならば私も経験があるが」

「いや。そういう類の夢じゃない。アレは過去じゃなくて……未来だね」
「となると……一種の予知夢という話になるが」
「いやいや。そんなのとは、もっと違う。だって、あんな未来なんてあり得ないもの」
「例によって、キミはひとに説明するのが下手だな。
 一体どんな夢を見ていたか、具体的に述べたまえ」

「…………きみが、皆と一緒にいるんだ。
 所狭しと走り回って、事件の謎を解き明かして。
 そこに……ぼくだけが居ないんだ。きみの所に」

「…………」
「ぼくは、どこかずっと離れた所にいる。
 きみの活躍を遠くから、ガラス越しのように眺めてる。
 それどころか、やがて皆に背を向けて、たった一人で生きていく。
 大事な目的があるんだと、もっともらしい事を言って。
 たくさんの人を騙す。たくさんの人を裏切る。
 そしてついには、他人の命まで、簡単に握りつぶして。
 なのに、そんなぼくは何も気づかずに笑っていて」

「…………まさか。キミに限って、そんな」
「あり得ないだろ? だけど、それが妙にリアルなんだ。お前の未来はその道一本で
決まってるんだぞって、誰かに言われてるような気がするくらいに」

「で? 今のキミはその未来とやらに従った結果なのか?
 大義名分を掲げて悪を成す、世紀の犯罪者になったと」

「そう見える?」
「見えていたら、わざわざ訊くか。愚か者」
「それはどうも。……ただね、ときどき不安になるんだ。
 もしかして、ぼくが堕ちたあの夢の世界は、もうとっくに近づいてるんじゃないかって」

「弱気な事を言うな。縁起でもない」
「だから、もしかしての話だよ。
 もしかして、ぼくがそんな最悪な事態になって、許されないほどの罪を犯したら、
その時はどうか……きみの手で、ぼくに引導を渡してくれるかな」

「……………………承知した。出来る範囲で善処しよう」
「あの……さ。ひょっとしてお前、まだ気づいてない?」
「? 何の話だ?」
「では問題です。今日の日付はいつでしょう」
「3月31日だろう? いや、今の時刻ならば、もう4月つい……た、ち……」
「エイプリルフールって万国共通だよな。確か」
「………………………………キサマっ!!」
「わ! 落ち着けって! そんなにテーブル叩くな!」
「己の胸に訊いてみろ! 私のした心配を返せ!」
「悪い、悪かったよ。この通り」
「ム……。まあ、日付を失念していた私にも非がある。
 冗談だったのならば、逆に安心できるという物だ」

「そうそう。今ぼくが話したのは全部嘘だから」





 ――と、最後に言った言葉こそ、ぼくが唯一ついた嘘。



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