Wandering Journey

1.

「なぁ。旅行……行かないか?」
 いつも通りの昼下がり。いつも通りの事務所の中で。
 ぼくはデスクの席から、用件を切り出した。
「……何?」
 本から顔を上げて聞き返す御剣に、ぼくは続けた。
「一番早くて、来週の土日の二日間、欲しいんだけど。空いてる?」
「来週……」
 それだけ言って御剣は、目を閉じてじっと考えこむ。
 きっと今コイツは、頭の中での手帳をめくっているに違いない。
 コイツが言うには、一年先の予定さえメモする必要がないそうだけど。
 ぼくにはゼッタイ無理な芸当だ。
「……現時点では、取り立てて予定は入っていないな」
「そ、それじゃあさ。御剣。あの」
「それで? 今回は何名だ?」
「へ!?」
「何を驚く? 最も重要な部分だろうコレは。
 まず、真宵くんと春美くんを入れて4名。コレを最低人数として。
 それから刑事やメイには、当日の予定の確認をする必要があるが……」
「あ。イヤ。そうじゃなくて」
「何だ。まさか、もっと大規模の人数を要するのか?
 矢張あたりにまで召集をかけるのは気が引けるのだが……」
「違う違う!」
 そういう話じゃないんだよ。
「行くのは、二人だよ」
「二人?」
「そう」
 ぼくはデスクの席から立ち上がり、御剣の座るソファの向かいに座り直した。
「ぼくと、きみと。行くのは、その二人だけ。他には呼ばない」
 つまり、水入らずの二人旅ってやつかな。
 ぼくがそう言って笑ってみせると、御剣はなぜか渋い顔つきになって言った。
「それはまた…………唐突な話だな」
「そうかな。ぼくの方は、ずっと前から考えてたけど」
 確かに、大勢で出かけるのも、ぼくは嫌いじゃない。
 御剣もそういう時は、運転手役も兼ねて、来てくれるし。
 だけどさ。
「他の皆も一緒だと、どうしても保護者みたいになっちゃうだろ、ぼく達。
 本当の意味で、ゆっくり過ごせた時なんて、一度もないんじゃないか?」
「言われてみれば……まぁ、そうだな」
 前の事を思い出したらしく、苦笑まじりに答える御剣。
 ぼくは言葉を重ねた。
「だから。ちょっとした息抜きだと思ってさ。たまには、いいだろ。
 来週は真宵ちゃんも春美ちゃんも、里に用事があるって言ってるから、気にしなくていいし。
 ……な?」
「……分かった。分かったから、そのような大声を出すな」
 御剣は手を突き出して、ぼくを制した。
「しかし成歩堂、旅行といってもドコまで行くつもりなのだ?
 今は観光シーズンだ。どの方面も、人込みを見に行くような物だぞ」
「大丈夫だよ」
 そんな心配ゼンゼン要らない。
「あんな所まで、好き好んで来る人なんて居ないって」
「あんな?」
 御剣は怪訝そうに訊いてきた。
「まるで、何度も行き慣れているような口ぶりだな。ソレは」
「そりゃそうだね。きみだって一応知ってる場所だし。
 それに、単に遊びに行くわけでもないから」
「……」
 口に出してから、コレは言うんじゃなかったかなとも思ったけど。言ってしまった言葉は戻せない。
 どうやら御剣も、ぼくのニュアンスに気づいたようだ。
 ぼくが何か、思惑を抱えているんだという事を。
「………………そうか」
 御剣は静かにソファから立つと、持っていた本を棚に戻した。
「そういう事ならば、今回の手配はキミに全て一任しよう。好きにしたまえ」
「う、うん。ソレは勿論」
 ぼくは大きくうなずいた。
「電車の時刻を調べたら、すぐ電話するよ」
「いや、連絡は私からする。明日中に一度はココに電話を入れよう。
 それまでに詳細が明らかになっていればいい。良いな?」
「あ。は、はい。了解しました」
 全部任せるって言ってる端からコレだよ。もう。
 結局、御剣は事務所を出て行く最後の時まで、くれぐれもぼくの方からは電話するなと言い含めていた。
 ぼくとしては、何もそこまで警戒しなくてもいいと思うんだけどな。
 普通に考えれば、別にぼく達にヤマシイところなんて無い。
 男同士で旅行に行くだけなんだから。
 でも。ぼくはどうしても、アイツと二人だけで、あの場所に行きたかった。
 ずっと昔から。今になっても。
 いいや、今みたいな関係になれたからこそ、どうしても行っておきたいんだ。
 今よりもっと前に進むために。




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